∑考=人 〜プロメテウス〜

そして今日も考える。

方言に宿る地域文化

関東の大学に通うことになった昔の友人と数年ぶりに会うと、時々標準語チックな言葉遣いがところどころに現れる。私がまだ大阪にいた頃は、ずっと大阪にいる友人と上京した奴らを小馬鹿にしていたものである。本人の自覚としてはどうも無意識のようで、それが面白い。

 

 

 

ただ、自分が大阪を離れ、京都に行くことになり、身をもって環境の力を体感することになった。私ももはや純粋な関西弁を喋れている自信はない。特に、京都は大阪よりもダイバーシティーの度合いが強い。私が京都に来て知り合った人の半分ぐらいは県外(府外?)からの出身であるため、色々とごちゃごちゃになってしまう。

 

 

 

京都と大阪はどちらも関西弁なので、極端な違いはない。しかしながら、生粋の大阪弁とは多少異なっている。京都の方がお上品な様相である。例えば、京都の方言の一つに「~しはる」という表現がある。京都に来て1年以上経った今では、無意識にこの表現を使うようになった。

 

 

 

例えば、「山田さん」という人が自分の目上の人、上司、先輩などであるとする。すると山田さんが昼食を食べている場合は、通常の敬語なら、「山田さんが昼食を召し上がる」という表現が基本的には正しい。「食べられる」でもいいだろう。これをもう少し関西弁風に崩した京都弁が、「食べはる」である。敬語の関西弁、といったニュアンスだろうか。私などはたまに大阪弁と混ざって「食ってはる」などと言ってしまう時がある。

 

 

 

で、この表現に該当する大阪弁を自分なりに考えたのだが、どうも存在しないようだ。大阪では、たとえ自分よりも偉い人が何かを食べていても、「食べてた」あるいは最悪の場合、「食ってた」という良い方を平気でする。大阪には尊敬の文化があまりないらしい。他府県から見て、ガラが悪そうに見えるのも合点がいく。

 

 

 

大阪には尊敬の文化がないと述べたが、実際のところはそうではない。形だけの堅苦しい線引きは要らない、という考えに基づいているのだと思う。私は割と礼儀を気にする方だが、礼儀なんて必要ないと思っているし、礼儀を払ってほしいとも思わない。大阪出身の人の多くは基本的にそういうスタンスなのではないか。代わりに親しみやすさを演出している。

 

 

 

一方で、大阪弁はビジネスの場にはあまりふさわしくないように感じる。東京が標準語なのも、ビジネスが盛んな地域においては比較的礼儀を示す表現が適しているからなのかもしれない。方言にはやはりその地域で生活してきた人々の文化が宿っているということなのだろう。