∑考=人 〜プロメテウス〜

そして今日も考える。

自信とプライド

自信とプライド、どちらも似たような意味合いで使用されます。しかし、実際のところ二つの言葉は同じものなのでしょうか。まずは辞典から両者の言葉の意味を引用してみます。

 

自信・・・自分で自分の能力や価値を信じること。

プライド・・・誇り、自尊心。絶対に譲れないもの。

 

言葉の定義としてはこんな感じです。曖昧でわかりにくいですね。例文を考えてみます。

 

「私はバスケットボールのプレーには自信がある。」

 

私は、私のバスケットボールを上手くプレーする能力を信じている、ということですね。ではこれはどうでしょうか。

 

「私はバスケットボールのプレーにはプライドを持っている。」

 

私は、バスケットボールを上手くプレーする能力に関しては誰にも譲れない、ということです。先ほどと同じでしょうか。それとも違いますか。

 

この二つの言葉は似て非なるものです。例文の後半を見てください。自信を使った例文では、~能力を信じている、となっています。つまり、自分の能力の高さを事実として認識しているということです。

 

一方で、プライドを使った例文では、~能力に関しては誰にも譲れない、となっています。誰にも譲れないとは誰にも負けたくないということです。要するに、自分の能力が高いものであってほしいという願望の表れです。

 

こう考えると自信とプライドの間には大きな壁があるとは思いませんか。自信がある人というのは、周囲から見たら大したことはなくとも、自分自身の中では自分の能力が高いことは事実でしかないのです。勘違い力と言ってもいいと思います。

 

逆に、プライドの高い人というのは、ただ単に自分の能力が高いものであってほしいと願っているだけなのです。なぜそう願うのかというと、自分の能力に自信がないからなんです。そして、自分の能力に自信を持てないのは、「誰にも譲れない」という言葉に現れているように、「誰か」の能力と比較によって相対的に決まるからです。プライドがしばしば劣等感とも言われるのはこのためです。

 

プライドが高いことは決して悪いことではありませんが、あまり高すぎると色んな成長の機会を失います。自分より能力の高い人が現れても、認めたくないあまり、自分より上の存在を認めることができないからです。そして、自分の本当の能力を直視するのが怖くなって、自分を試すことを恐れるようになります。そうしているうちに、「昔は凄かった」という過去の栄光へと成り下がっていくのです。たまたま周囲にいた人より優れていただけに過ぎないのですが。そしていつの間にかプライドすら失っていく人も少なくありません。

 

じゃあプライドを自信に変えるにはどうすればいいのでしょうか。それは他人と比較しないことです。他人は他人、自分は自分の心意気が大切です。

 

などと言われたくらいで、他人と比較しないことができれば苦労はないでしょう。個人的には、自分という存在を瞬間的なものではなく、時間の幅をもった存在だと考えるのが良いと思います。

 

生きていると、ついつい今の自分こそが自分だと思いがちです。今の自分を否定されると今までの自分がダメだったように感じることもあるかもしれません。でも、別に今の自分の能力がしょぼくても何も心配することはないんですよ。みんな生まれた時は何にもできなかったんですから。

 

例えば自信のある人は、負けてもプライドがズタズタで再起不能なんてことにはなりません。もちろん、自分の能力が誰かに劣っていたら悔しいでしょうし、凹むことはあるでしょう。でも、すぐに先を見ます。今の自分にはできなかったけど、少し時間が経った後の自分ならできるはずだ、と信じるわけです。そしてその少しの時間で今の自分に足りない能力を身につけるために何をすればいいのだろうか、と考えます。

 

これができれば、時間の流れの中で点として訪れる失敗や敗北なんて大したことはないものです。他人には負けたくないけど、勝つために努力するのは嫌だと考えるようなら、そんなプライドは持っていても何の意味も持たないので捨ててしまったほうが良いでしょう。

 

中にはプライドだけの執念で努力をする人もいます。時にコンプレックスは大きな原動力になるものです。ただし、コンプレックスだけで手に入れた成功はあまり良いものとは言えません。周囲に対する復讐のようなものに近く、徐々に虚無感が押し寄せてきます。成功も所詮は点であり、時間が経つにつれてその効力は薄れていくからです。

 

おそらくですが、今自信を持っている人の多くは、プライドだけで努力をしてきた経験のあると私は思っています。その頑張って成果を出した結果が自信に繋がるのです。逆に言うと、何のプライドも持っていなければ、自信を身につけていくことはできないということです。

 

個人的には、何のプライドもなく生きている人間よりも、プライドで雁字搦めで劣等感の塊のような人間の方が幾分か魅力的だと思います。コンプレックスをバネに虚しい成功を掴んでから、その自信によって本当の挑戦をしてほしいと思います。