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リアルとバーチャルの違い

バーチャルリアリティ(VR、仮想現実)という言葉を知らない人はいないでしょう。。IT用語辞典による簡素な定義としては、コンピュータグラフィックス(CG)や音響効果を組み合わせて人工的に現実感を作り出す技術となっています。今では映画とかでダイナミックなシーンを演出するためによく使われています。VRとCGを混同してしまいがちですが、VRはCG+音響ぐらいに考えればよいと思います。

 

似たような技術として、近年は、オーギュメンテッドリアリティ(AR、拡張現実)という分野の方が注目を浴びているイメージがあります。定義としては、現実の環境から知覚に与えられる情報にコンピュータが作り出した情報を重ね合わせる技術です。スマホなどで撮影中の映像の特定の場所に、現実世界には存在しないものが出力される様子がよく引き合いに出されています。仮想的に洋服を試着できるシステムなんかも有名なAR技術の一つです。

 

ARについては現実と仮想の境目が明確です。なぜなら、現実にある視覚情報と現実にない視覚情報が複合されたものだからです。デバイスを介することによってのみ、現実では知覚できないものが、知覚できるようになります。焦点を視覚に絞っている点がミソなのかもしれません。

 

これに対し、VRの研究は、視覚以外の感覚についても現実感を感じさせる方向性へと向かっています。例えば、私の研究室のVRグループでは、触覚を再現する研究が行われています。コンピュータ上で表示される映像の中の物体に対して、特定のデバイスを使って触れると、その物体の硬さがデバイスを通じて感知することができるのです。

 

たとえるならば、マウスを使ってその物体をクリックしようとすると、その硬さがクリックした指に伝わってくるようなイメージです。実際にはPhantomというペンのようなものが付いたデバイスを使います。ちょっと操作にコツが要りますが、映像の中の物体が硬いとか柔らかいを判断することができます。用途としては、内科手術の練習に使われるようです。なんでも、臓器に腫瘍があったりするとその部位が硬くなるそうで。

 

現時点ではまだリアルの感覚が占める情報の方が多いものの、知覚に加え触覚と、より多くの仮想的な情報を感知することができるようになっています。味覚や嗅覚を再現するのはかなり難題でしょうが、これらがもし可能になれば、事実上、現実世界を認識するための感覚全てを使って仮想世界を感知することができるようになります。

 

ここで疑問に思うのは、そうなった場合、もはやそれは仮想現実と呼べるのか、ということです。極論を言えば、視覚とは、現実世界を見ている時でも、網膜によって取得された視覚情報をもとに映像信号が脳の中で構築され、あたかも見ているような感覚を得ているに過ぎないのです。

 

聴覚に至っては、もはや仮想的に作られる音と現実の音に差はありません。iPodから聞こえるのが仮想的な音だと認識している人はいないでしょう。だって、音だし本当に聞こえてくるし、これはおそらく味覚や嗅覚についても同じことです。もしこれらが再現できるようになれば、それはもはや仮想的なものとは呼べないのではないでしょうか。

 

しばしば今日における仮想世界と現実世界の区別は、実際に存在する世界なのか、感覚として存在する世界なのか、で判断されています。しかし、この先VR技術が果てしなく進化したとして、ソードアートオンラインのような仮想空間が作られるとしたら、現実世界と仮想世界の区別は無くなっていくことになるでしょう。所詮、現実世界も感覚によって認知しているに過ぎず、実際に存在しているとは限らないのです。

 

真にリアルとバーチャルを分けるポイントは何なのかよくわかりませんが、少なくとも、感覚だけでそれを判断してはいけない、ということは確かです。