∑考=人 〜プロメテウス〜

そして今日も考える。

背理法を論破する理論を考えた

数学に背理法という証明手法があります。導き出すべき結論が成り立たないことを仮定すると矛盾が発生することから命題の正しさを証明する方法です。例えば、√2が無理数であることを証明するために、この背理法は使われます。矛盾しているならば間違っている、これが背理法の根本的な考え方です。

 

しかし、背理法も場合によっては不完全であり、矛盾しているはずなのに正しい場合があります。例えば、Aさんが「僕は嘘しかつきません」といった場合、Aさんは嘘つきか正直者か、という有名な数学の問題などが該当します。ちなみに自己言及のパラドックスとか言います。(このブログにはやたらパラドックスって言葉が出てきます。)

 

Aさんが嘘つきであると仮定すると、Aさんは嘘つきなので、「僕は嘘しかつかない」という発言自体がウソ、すなわちAさんは正直者であることになってしまい、ということは、やっぱり「僕は嘘しかつかない」という発言は本当ということになり、Aさんは嘘つきであるという真理が導かれ・・・と永遠に答えが一つに定まりません。

 

過去に、抜き打ち試験のパラドックスというエントリを書いたことがあるのですが、これも同様です。矛盾を潰していくことで結論が定まったはずなのに、それが間違っているという結果を招いてしまいます。

 

調子に乗ってブログで解説しますとか書いてしまったんですが、ちょっと調べてみると、学者の間でもまだこの理由を説明する絶対的な答えはないらしいのです。ということで、まぁ放ったらかしにしていました笑。

 

で、ついにその答えがわかりました。もちろん正解ではなく、一つの見解です。矛盾が発生してしまう原因は、仮想的な時間の流れを無視しているからです。

 

例えば、私は嘘つき問題を考えるとき、まず「Aさんが嘘つきである」と仮定します。この瞬間の仮想時刻をt = 0としましょう。すると、嘘つきですという発言がウソなので、Aさんが正直者であることが導けました。で、普通なら「Aさんが正直者である」ということはやっぱりAさんが嘘つきだ、となるのですが、ちょっと待ってください。ここで一番最初の仮定から導き出された「Aさんが正直者である」という結論を、再び仮定として用いることにより、仮想時刻tの値は0から1に変わってしまうのです。

 

数学的に言えば、t = t + 2という式は絶対にありえない(計算すると0=2となってしまう)矛盾した式ですが、t1 = t0 + 2ならば漸化式として成立する論理的に正しい数式、ということです。つまり、この手のパラドックス問題が、矛盾と考えられてしまうのは、本来は、t1 = t0 + 2という式を証明しているに過ぎないのに、それを一つの時刻の値として取り扱おうとするために、非収束、解不定になってしまうというわけです。矛盾しているわけではなく状況(仮想時刻)によって異なる、という認識が正しいのかな、と。抜き打ち試験のパラドックスも同じです。

 

ともすると、背理法は不完全な証明法になってしまいます。上記の通り一般的には、「√2が有理数」と仮定すれば逆に「√2が無理数」という結論が得られ、そこで証明は終わります。しかし、私の考え方では、「√2が無理数」という仮定の下でも、「√2が無理数」であることが導けなければ十分ではありません。数学にまつわる沢山のパラドックスと同様、矛盾している、ということになりかねないからです。

 

 

しかし、√2が有理数という証明については、「√2を有理数」として仮定する方法自体がわからないんです(たぶん)。パラドックスと言われる命題については、0 < t < ∞範囲全てにおいて一つの収束解を求めるのに、背理法で解く命題については、一瞬間の(t = 0における)結果のみを見て矛盾していないと考える、それこそが本当のパラドックスなのかもしれませんね。