∑考=人 〜プロメテウス〜

そして今日も考える。

研究が面白くない原因

研究があまり面白くない、と感じる理系の学生はたくさんいる。私も大学院に入ったことで幾分か研究がどういうものなのか客観的に考えることができたが、結論として、やはり研究が(人生をかけてまでやるほど)面白いものとは言い難い。

 

研究が面白くない一番の理由は、ほとんどの研究室で、研究テーマを決められてしまうことである。他人に決められたことに対して一生懸命になる、というのは一部の従順な優等生を除き、苦痛を伴うものである。

 

とは言え、現状として、研究テーマを決めてもらえるのは実はありがたいことだったりする。今まで研究などしたことのない学生が、4年生のたった一年間で結果まで出さなければならないのだ。就活や院試の勉強などがある中、自分自身でテーマを決めて、そこに向かって結果を出すなんてことはほとんどの学生には不可能である。

 

本当に問題なのは、研究テーマを決めるために費やせる時間が少なすぎることである。研究テーマを決めるための専門知識を身につける時間も必要だし、そもそも、大学で学ぶ理論のほとんどが研究には直接役に立たないというのが問題だ。結局この問題を解決しない限り、学生が主体的に研究を行うことができない。これが研究がつまらないものになってしまう一番の原因だ。

 

そして、ほとんどの研究はなんかショボい。研究の大目的はとても意義のあるもののように聞こえるのだが、結局一年間の研究で進むのは、その大目的の何十分の一ぐらいなものだろう。

 

間接的なものほど本質的だと私は考えているけど、日本の研究に至っては、ニッチな分野でかつ間接的なので、一体何の役に立つのかよくわからない。まぁ学生だから役に立ってほしいとか特に思わないんだけど、それが余計にモチベーションを低下させる。もちろん、そういう没研究がたくさんあるおかげで、IPS細胞みたいな画期的な研究が生まれるのも事実なんだけど。

 

で、研究内容を聞いていても教授達を見ていても感じるのは、社会的意義とか考えて研究している人は少ないんじゃないかと思う。ただ、研究に付随する分析的思考や議論をかわしたりすることが好きなだけであって、その研究自体がどんなことに役立つか、みたいな視点を本気で持っている人っているのかな。

 

私も実は分析的に考えたりしたり、プログラムを書く(というよりは仕組みを考える)ことが面白かったりはするんだけど、それはなんというかRPGゲームをしているような感覚に近い。ハック&スラッシュといえばいいのだろうか。

 

なんか一歩一歩着実に進んでいる感覚を味わうことができるし、小さな達成感はたくさん味わうことができるのだけど、結局のところ、貢献感みたいなものが全くない。目標を達成しても、自己満足の域を超えないという意味で、RPGのラスボスを倒したぐらいの満足感しか得られないと思う。日本の学者さんたちすいません。

 

別に私は人の役に立ちたい、みたいなエゴは持たないようにしているつもりだ。でも自分がやったことに誰かが喜んでくれれば嬉しいし、そういう感情は、人間なら持ってしかるべきものだと思う。

 

もっと色んな人たちに研究が魅力的なものに映るようにするためには、研究の中に自主性と貢献の要素を上手く組み込んでいく必要があるんじゃないだろうか。