∑考=人 〜プロメテウス〜

そして今日も考える。

仕事と自己実現

読書再開しました。最近は、研究の忙しさを言い訳にしていたこともあり、読書自体への関心が薄れてきた(というかどんな本が読みたいのかがわからなくなってきた)こともあり、あまり読んでいませんでした。先月なんてたったの2冊。これではさすがにマズいだろ、ということで、とりあえず7冊ぐらい購入しました。

 

 

そのうちの一冊です。今更ですが有名な本ですね。ありのままに社会の理不尽さについて書かれており、疑問を投げかけています。当たり前なんだけど、決して社会では当たり前になっていない考え方をうまく表現していると思いました。面白かったです。私の根底にある考え方も、どちらかといえば、著者の考え方に近いと思います。

 

この本の中で、なぜ仕事で自己実現を目指さなければならないのか?といった話がありました。確かに、仕事で皆が自己実現を目指すべきだという暗黙の了解はあるし、仕事こそが自己実現を達成する唯一無二の手段だという考え方の方が主流でしょう。かくいう私も、自己実現をするならば、それは金を稼げる方法(=仕事)であらねばならないと思っています。

 

それは本ブログの最初の記事でも書きましたが、働く時間が人生において圧倒的に多いと判断しているからです。数値で言えば50%程度、あるいはそれ以上になるという計算をはじき出しました。しかし、この著者は、仕事が人生に占める割合は12.8%しかないと主張しています。睡眠時間を含めないとしても、19.2%であると。かなり少ないですね。おかしいです。

 

どちらか一方が間違っている、というわけではなく、これは想定している仮定が異なるためです。もちろん、どちらも解答としては不完全なので、どちらも間違いだという解釈もアリでしょう。でも、どっちの考え方に賛同できるかという視点で考えた方が、学びは大きいと思います。

 

大きく異なっている仮定は、サンプリングの範囲です。私は働き盛りのサラリーマンの一週間を対象に計算していますが、この本の著者は人生全体を対象としています。私は一週間における仕事の割合を計算したのに対して、著者は人生における仕事の割合を計算しているからつじつまが合わないのです。

 

私は楽しい(仕事をしない)時間を54%と計算したので、仕事の割合はだいたい46%ということになります。ここで、著者と同じ過程、80歳まで生きるとして、22歳から定年65歳までの43年間働くと考えると、

 

46% × (43年/80年) × 100 ≒ 25%

 

となります。まだ若干の差はありますが、かなり近い割合になりました。ちなみにこの差が出るのは、私の計算では仕事とプライベートの切り替え時間まで仕事に含めてしまっているからです。概して20%程度の割合しか占めないというのは本当のようです。

 

まぁ20%ぐらいなら別に手段として割り切ってもいいかな、と思う人もいるかもしれません。でもそれ、人生をトータルで考え過ぎだと思います。まず著者の考え方は、仮定として80歳まで生きることを前提にしています。でも、どうですか。必ず80歳まで生きると言い切れますか。どこにもそんな保証はないでしょう。

 

学生時代に過ごした時間は確かに仕事ではありません。でも、それってもはや過去の話であり、今の自分にとっては何ら関係ないですよね。またもや滅茶苦茶な設定ですが、22歳まで学生だった人が、社会人になった最初の1年間休みなしに毎日24時間睡眠もとらずに働いたとしましょう。

 

この場合、仕事の人生における割合は(1/23)×100で計算できます。すると、たったの4%程度しか仕事をしていないことになります。これは数値としては正しいです。でもこれで、23歳になった時の自分が仕事が人生に占める割合って少ないな~なんて思えますか。だから楽しくなくてもいいやって思えますか。

 

だからサラリーマンにとって今まさに自分が置かれている状況のみにフォーカスした数値を計算しました。確かに厳密に人生における仕事の割合を計算しているものではありません。だから、日野さんの方がより巨視的な考え方をしているという見方はできます。しかし、今まさにサラリーマンとして働いている人にとって、どちらが感覚的に正しい数値でしょうか。

 

かくいう私も、仕事で必ず自己実現を目指せ、みたいに強要される社会には違和感を感じます。そもそも、自己実現こそが幸せになるための最高の方法論というのは一つの考え方に過ぎませんし、自己実現の欲求が最上位である、というのも昔の偉い哲学者が考えた一つの考え方でしかありません。自己実現よりも他人からの承認の方が大切だという人がいてもおかしくないし、自己実現よりも安心の大切にする人もいるはずです。だから共感できない人はいるのは当然であり、共感できない人にまで押し付けていい考え方ではないと思います。

 

でも、今まさに生きるために、面白くもなんともない仕事をただひたすらやっていて、疑問を持っているなら、まぁ少しぐらい仕事を生活の手段と割り切ってしまうのではなく、仕事自体を面白くするためにどうするか、考えてみるのも悪くないんじゃないでしょうか。