∑考=人 〜プロメテウス〜

そして今日も考える。

大金を何に使うか

先日、叔父さんと食事に行ってきた。私の父の兄にあたる人だ。社交的な場を嫌う性格なので、親戚が集まる場にも滅多に出席しない。私も親戚付き合いにはほとんど顔を出さず自由奔放に生きてきたので、当然顔を合わす機会はなかった。というわけで、叔父と会うのは実に13年ぶり、親父の葬式以来だった。

 

今まで私が親戚付き合いを避けてきたのは、「敵の味方は敵」という価値観に基づいていたからだ。私にとって家族は敵であり、家族と親しい親戚は敵、という実に馬鹿げた子供の考え方である。もちろん今は、人格的な成長があってか、そんな価値観は崩壊しているし、家族自体がもはや敵対視するほどの存在でもなくなっている。そんな私に叔父さんが是非とも会いたいと言い出してくれたようなので、特に断る理由もなかった。

 

色んな話をした中で叔父さんの経験談も聞かせてもらった。私の叔父は大阪で喫茶店を経営していた。37歳のときに店を開いたという。それまではサラリーマンとして設計に携わる仕事をしており、図面とかを描いていたそうな。そこからなぜか何の関わりもない喫茶店を開くことにしたらしい。喫茶店開業の専門学校の存在を知り、開業を決めたと言う。自分自身で何かをしたかったのだろう。

 

最初の資金は2000万ほどかかったらしく、全て自分の貯金だったという。最初の1年間の利益は5万円しかない、というほど厳しかったようだが、最終的に、その喫茶店は叔父がリタイヤするまで続いていた。私にとって1番身近な成功者である。(残念ながら、叔父が経営を離れてからはイタリア料理屋に変わっていたらしい笑。)なんでも、奈良に100坪ぐらいの土地を買ったらしい。今設計士と家の様式について打ち合わせをしていると言っていた。どんだけ金持ってんだか。

 

年長者の経験談というのは実に面白い。考えてみると、家族という1番身近な年長者から人生経験について語ってもらったことがなかった。親父が死んでからというもの、家族とは疎遠になり、聞きたくても聞けないし、聞く気もなかったからだ。日々の行動について叱られることは山ほどあったけれど、私の人生の選択について、文句もない代わりに助言もなかった。一人で決めたい私としてはありがたかったのだが、不安がなかっったといえば嘘になる。

 

例えば就職活動についても、就職することがどんなものなのか、なんて家族からはほとんど何も聞かされていない。もちろん、友人の意見はたくさん聞いたが、経験の長い人の意見と経験の浅い人の意見は必ず異なる。どちらが良い悪いではなく、異なった見方をするものだ。そう言う意味で、私の人生選択には経験者の意見はあまり含まれていない。もちろん、最近の若者が親に人生について相談するのが一般的なのかは定かではないが。

 

叔父さんからは親父の話も色々と聞かせてもらったけれども、ほとんど私の知らない話だった。物静かな人で自分のことをあまり語りたがらない人だったから無理もない。私が親父のことを知る前に親父は去っていった。もし親父が生きていれば、どんな意見を聞くことができたのだろうか。親父が生きていたら今の私を見て何を思うのだろう。親父と風貌のよく似た叔父との会話の中で、考えても仕方のない疑問が脳裏をかすめていた。

 

とまぁ、色々と新鮮味のある時間を過ごしたわけだが、最後にとんでもないものを受けとってしまった。形式上は「就職祝い+卒業祝い」である。今まで「お祝い金」なんてもらったことがなかったため、それだけでも躊躇してしまったが、封筒を見た段階で分厚さが尋常ではないことに戸惑った。帯がついている札束を見るのは初めてだった。今まで散々裕福な家庭に生まれた人たちを妬んできたが、こんな身近にバブル時代の勝者がいる自分も実はすごく恵まれていたんだなと思った笑。叔父さんありがとう。

 

今の私は正直かなりお金に困っていたため、就職に伴う初期費用の心配は解消された。しかし、非常に贅沢な悩みだが、十分に余ってしまう。使い道も特に思い浮かばない。毎晩飲み明かそうとか風俗へ行こうとも思わないし、パチンコに行こうとも思わない。車やバイクを買おうとも思わないし、本をありったけ買ったところで知れている。かと言って、全て貯金に回してしまうのは、機会損失でしかない。

 

お金があれば選択肢や手段が増えるとは言うが、実際にはお金を使う人のリテラシーやスキルが伴っていないと、あんまり金額の大小は意味をなさないのだなと思った。今の私にはお金よりもスキルや経験の方が必要だ。多くの人には理解できないのかもしれないが、お金を使い切るのが難しいと思っている人はいると思う。

 

結局、スキルや経験に還元できるものを買うことにした。とりあえず最初の候補は、マッキントッシュ、MacのノートPCだ。ソフトウェア開発を勉強する上で、Macは外せない(と皆が言っているので鵜呑みにしている)。日常生活にはパソコンは一台で十分だが、勉強のために異なるOS環境を使うのは非常に有用だからだ。でもまだ余ってしまう。大金を使うのって本当に難しい(すいません)。