∑考=人 〜プロメテウス〜

そして今日も考える。

共有と共感の価値

ここ2ヶ月ぐらいテレビを見ていない。実はもう半年くらい前から、「家に帰ったらとりあえずテレビの電源をつける」という習慣は私の中から消えている。若者のテレビ離れが嘆かれている時代だから、おそらく私の他にも同じような人はいるだろう。

 

色んなところで言われていることだが、テレビを見る人が減った1番の理由は、コンテンツとしての魅力の低下である。相対的な低下だ。でも個人的には、今でも面白いと思うテレビ番組はあるにはある。でも見なくなったし、格別見たいとも思わない。

 

その背景として、「いつでも見ることができる」コンテンツになってしまったことが大きい。私が子供の頃は、少なくとも、毎週放送しているような一般のテレビ番組はリアルタイムで見るのが一般的だった。もちろん、当時から録画はできるにはできたが、わざわざバラエティを録画するためにビデオをセットする人は珍しかったと思う。

 

面白いことに、皆がリアルタイムでテレビを見ていたのは、他ならぬ皆がそうしていたから、というのが大きい。例えば、小学校や中学校の頃は、昨日のテレビ番組の内容で盛り上がる、ということがよくあった。火曜日には「あいのり」、水曜日には「学校へ行こう」、と前日放送されたテレビ番組の話題でクラスメイトと盛り上がる、というのは鉄板の流れだった気がする。

 

つまり、この時代には「コンテンツとして楽しむためのテレビ」だけでなく、「クラスメイトと盛り上がるための話題づくりのためのテレビ」という側面があったのだ。そして、それがかなりのウェイトを占めていたからこそ、録画ではなくリアルタイムで私たちは見ていた。いかに「学校へ行こう」が面白くとも、放送日に見過ごしてしまってはクラスメイトの輪には入れない。

 

翻って、今はどうだろう。ここ2年以上、私はテレビの話題で盛り上がったことはない。そもそもテレビの話題が出ることがない。なぜかというと、ほとんどの人がテレビを見ていないし、見ていたとしてもリアルタイムでは見ていないからだ。つまり、「みんなで盛り上がるためのテレビ」という側面はなくなったのだ。

 

となると、コンテンツとしての面白さ、要するに、誰かと分かち合い共感するためではなく、自分がいかに楽しめるのか、という基準で見るテレビを選ぶことになる。そうなったときに生き残るテレビ番組は驚くほど少ない。私で言えば、2、3種類のバラエティ番組、女性ならば好きなアイドルが出演する番組やドラマだろうか。かなりの数に絞られることが予想される。

 

その上、動画サイトなどの登場により、「いつでも見ることができる」ようになったという進化がある。HDDに録画して、休みの日に貯まっていたドラマをまるごと見る、という人も多いだろう。正直なところ、画質にこだわならければ、録画すらする必要はなく、「YouTube バラエティ まとめ」で検索すれば何かしらの動画サイトで見ることができる。

 

こうなると、ますます本当に見たいもの、面白いものしか見ることはなくなる。こうなった時に、今本当に面白いテレビってどれほど残るのだろうか。誰かと共感するためでもなく、ただ自分自身が楽しむためだけの閉じたコンテンツとして、価値ある番組はどれほど残るだろうか。

 

その反面で、新たな映像コンテンツとしてニコ生などが勢いを増してきている。今となっては、テレビ以上に主力のメディアとなる可能性を秘めたコンテンツになるんじゃないかと予想されていると思う。もちろんコンテンツとしての魅力に創意工夫をしていることもあるだろうが、リアルタイムでのチャット機能など、「他人と共感できる仕組み」を盛り込んでいることが大きいのだと思う。実はテレビの対比として考えられるニコ生などのメディアは、今の時代に合わせて、昔のテレビと同じような役割を付加しているにすぎないのだ。

 

多くの人は、差し詰め、たった一人だけで楽しいことをするよりも、誰かとそれなりに楽しいことを分かち合うことを望む。共感、共有、など、人と友に何かをするというのは、たとえそれがリアルでの友人であれ、ネット上での他人であれ、気分を高揚させることなのだ。フェイスブックツイッターがあれほど膨大な市場を形成したのも、結局のところ、人々の心の中に「共有」と「共感」を感じさせるサービスだったからである。誰かと共有、共感できるサービスはいつの時代になっても需要があるのだろう。