∑考=人 〜プロメテウス〜

そして今日も考える。

卒業、そして上京

先日卒業式(厳密には学位授与式)を迎えることが出来ました。大学や大学院の卒業式というのは実に無駄が排除されており、各学部の代表者が卒業証書を授与して、最後に大学の偉いさんがグローバルリーダーうんたらかんたらという話をして終わる、という流れです。小中高とは異なり、感動のシーン等は一切ありません。

 

とは言え、この日を区切りに私の学生生活は本当に終わりを迎えることになります。少し不安を残しつつも、無事に学位記を受け取ったときに、私の卒業は確固たるものとなりました。毎度のごとく、「2年間よく頑張りました。お疲れ様です。」の一言を自分へと送りました。

 

学部時代は、最初から最後まで一人で卒業を噛み締める、という非常に寂しく侘しい卒業式でしたが、今回は研究室の友人、そして、高校時代からの友人と卒業写真を取ることができました。自分が属している場所に友人が存在するというのは良いものですね。素直に嬉しかったです。

 

喜びもつかの間、研究室の同期や後輩たちと別れ、さらに、地元、関西圏の友人たちとも物理的に離れることになるのは非常に寂しいものです(いやほんとに)。今はいつでもどこでも友人と繋がることができる時代だと言われていますし、私自身別に物理的な距離など全く関係ないと考えているはずなんですけどね。感情はやはり合理では説明できません。

 

先ほど京都の家を完全に引き払い東京へ到着しました。ついに上京です。もうしばらくは西日本に帰ることはないでしょう。久しぶりに大阪で時間を過ごして見て、地元が自分にとってのコンフォートゾーンであることがよーくわかりました。

 

おそらく、ずっと大阪で生活していてもそれなりに楽しい生活を続けていくことはできると思います。ただ、コンフォートゾーンを自分から飛び出ていかない限り、自分に予想できないような出来事には出会えないんですね。逆に言うと、コンフォートゾーンに入り浸っていると、今の自己認識と数年後の自己認識が同じになってしまう。そういうのは面白くないな、虚しいなって思う自分がいます。

 

もちろん、不安がないと言えば嘘になります。頭で冷静に考えてみれば、住む場所が変わっただけだし(しかも日本国内)、学生から社会人になっただけだし、責任が重くなったといっても辞めれば済むわけだし、何にも怖いことなどないんですけどね。まぁあれです。感情は合理では説明できないんです。

 

でも、不安もあれば、当然期待もあります。新しい生活というのはそれだけで魅力に溢れているものです。今は色んなマイナスの感情が残っているため、「心から楽しみ!」とは断言できません。でも徐々に期待を膨らませつつワクワク感を大切にしながら、これからの東京生活を送っていきます。