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∑考=人 〜プロメテウス〜

そして今日も考える。

宿題代行サービス

夏休みの宿題代行サービスが賑わっていますね。なんでも、頼む親が続出しているようです。実に面白い。

 

ジャンルとしてはWebテスト代行サービスと近いですね。異なる点は、Webテストは就職のためのハードルとしての意味を持っているのに対し、宿題は子供の成長のためのハードルとしての意味を持っているということです。つまり、お金をもらってしかも成長の機会すら奪っているというボッタクリのサービスです。

 

子供がそういったサービスに手を出してしまうのならともかく、親がこの手のサービスを利用する、というのはどうなのでしょうね。最近の親はバカだなーと言われてしまうのも無理は無いかもしれません。でも、それって正しい認識でしょうか

 

実は私が小学生の頃は、ドリル系の宿題以外はほぼ全て母親に手伝ってもらっていました。読書感想文は私が一度書いた原稿を8割ぐらい修正されるのがいつものことでしたし、ポスターに関しては、ほとんど母が主体となって書いていました。そのおかげで、よく佳作に選ばれたりもしたものです。

 

うちの母は(比較的)バカではない、と思います。しかし、それでも子供の宿題を成長のためといって私一人にやらせたりはしなかったんですね。その原因の一つは、私の愚かな成果物を学校に提出したくなかった、ということでしょうね。言ってみればこの理由に関しては親バカです。

 

もう一つの理由として考えられるのは、こんな宿題をやったところで子供の成長には繋がらない、という認識があったことでしょうか。どうですか、子供の頃に取り組んだ、自由研究、読書感想文、ポスター。これらが大人になったとき、役になったなーと感じる人は果たしているでしょうかね。

 

私が思うに、最近の親がバカになった、という解釈は正しいものではありません。最近の親は、ようやく時代の変化に対応し出したのです。それを従来の考え方で判断すると、バカになったように感じるだけです。

 

例えば、最近は感じをまともにかけない大人が沢山います。これを従来の枠組みで考えれば最近の大人はバカになったと感じることでしょう。しかし、今や沢山の漢字を覚えている必要はありませんね。すると、無駄なことに頭脳を使うのをやめた、という見方をすればむしろ賢明とも言えます。

 

話を戻すと、現代の親は、将来のどのタイミングで役に立つかもわからないような課題を子供にさせるくらいなら、夏休みくらいおもいっきり楽しんでほしい、と考えているわけです。だから、宿題代行サービスを頼むのでしょう。バカだから、というよりは価値観が違うから、なのです。そして、この現状が時代の価値観を物語っています。

 

むしろ、こういったサービスが生まれたことに対して、考えアクションを起こさなければならないのは、教育制度を作っている側です。自分たちが正しいという考えありきで考えているからこそ、「〇〇はバカだ」という結論で片付けてしまうのです。バカと言う方がバカだというのは子供でも知っている事実です。

 

Webテスト代行サービスもそうですが、従来の考え方ではありえない、許しがたいサービスがアンチテーゼとして有効に働くことを期待する限りです。