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∑考=人

そして今日も考える。

「ロールモデルを見つけなさい」とアドバイスをする人は多いが「反面教師を見つけなさい」という人が少ないのはなぜ?

ただの仮説

反面教師という言葉がある。文字通り、教師の反対の意味であり、悪い見本のことだ。子供の頃から聞いた人もたくさんいるだろうし、大人になった今でも耳にする人もいると思う。ちなみに私のトレーナー(私の育成を主体的にサポートしてくれる人)の口癖が「私を反面教師にして下さい」である。

 

結論から述べると、反面教師から学ぶことは難しいロールモデルが一つの正解を教えてくれる一方で、反面教師が教えてくれるのは一つの不正解に過ぎないからだ。一つの不正解を除いた残り全てが正解であるはずもない。

 

とは言え、子供の頃であれば、まだ反面教師がプラスに働く可能性はある。髪の毛を染めていた人が怒られたのなら髪の毛を染めなければいいし、授業中に居眠りをした人が怒られたのなら居眠りをしなければいい。小学校や中学校の世界では、先生に怒られるか怒られないか、それのみが正否の基準だったからである。

 

悪いことを何もしなければ、真面目で良い生徒という評価を得ることができるのは子供の頃だけだ。そして、それが正解と認識されるのは学校という枠の中だけだ。大人になってもその価値観で物事を考えていると、何もしない人になってしまう。それは善でも悪でもないただの無である。

 

さらに厄介なのは、自分と他人の差異である。ある人は部活をサボっても怒られないのに、別の人がサボると怒られる、といったことは学生時代にもあったと思う。そういった光景に大して理不尽さを感じていた人もいたはずだが、全ての人の性格や資質には違いがある。端的に言えば人間は不平等なのだ。

 

人間は不平等であるという前提に立つと、他人が実行した行為が不正解として捉えられたとしても、自分が同じ行為を実行しても不正解とは捉えられない可能性もある。それどころか、正解として捉えられることもある。

 

こういった現象はとりわけコミュニケーション系の分野では顕著だ。他人がある方法で失敗したからと言って、自分が同じ方法で失敗するとは限らない。人の数だけは言い過ぎにしても、個性に応じた方法のパターンは私たちが考える以上に存在している。

 

新入社員であれば、会社の偉い人たちから「ロールモデルを見つけなさい」という助言を耳にする機会はたくさんあったと思う。しかし、「反面教師を見つけて頑張りなさい」という言葉を聞いたことがあるだろうか?私はまだ一度も聞いたことがない。働いてきた人はみんな経験的にわかっているのだと思う。反面教師から学ぶことは相当な応用力が求められることを。

 

比較的簡単な対策は、反面教師の中にも良い部分を見つける方法だろう。完全な正解がないように、完全な不正解もない。全く仕事が出来ない上司だったとしても、飲み会の幹事だけは上手いなど、誰にでも周囲より秀でた能力は大抵ある。何の取り柄もなかったとすれば、何の能力がないにも関わらず会社で普通に働いているメンタルを評価すればいい。少しコツはいるが自分の解釈の幅を広げれば、良い部分などいくらでも見えてくる。

 

ただこの提言には綺麗事的な側面があるのも事実である。上記の例で言えば、別に自分が強靭な精神力を求めていないのであれば、何の能力もないのに働いている人から学ぶモチベーションなど湧いてこないだろう。「あの人はこんなところが凄いよね、でもおれ別にそういうの求めてないし。」となってしまえば何も学ぶことはないし、学ぶ必要もない。

 

なので、もっと実践的な反面教師から学ぶ方法を紹介する。例えば、上司がプロジェクトを失敗にしてしまったとしよう。まず考えるべきなのは、なぜ上司はそのプロジェクトを失敗に追いやってしまったのか?である。

 

すると、計画の立て方が悪かったからという答えが得られる。ではなぜ計画の立て方が悪かったのか?と順に原因を掘り下げていく。そして、最終的な真因が判明したら自分はどうか?という視点で考えるのだ。そして、自分ができていないなら、自分はその真因の対策を実行する。

 

お気づきの通り、これは問題解決のフレームワークと同じである。原因追求→仮説→検証である。ただし、自分自身が失敗した場合に比べて、他人の経験であるため仮説の信頼性がガクンと下がる。また、自分はどうか?という視点で考えたときに、自分の場合はむしろその方法のまま実行するべきだったとしても、他人が失敗した方法をそのまま使うという判断をするのは勇気がいる。

 

だからこそ、反面教師から学ぶというのは難しい。ただ、問題解決のトレーニングになるのは間違いない。今だから言えることだが、私は今までずっと沢山の人を反面教師にしてきた。もともと世に大して懐疑的であるし、アンチな思考法が染み付いているからだ。

 

上記の話が当たり前のことを述べすぎていて驚いた人もいると思う。しかし、「反面教師を見つけなさい」というアドバイスが一切出てこないのは、一般的にこのような問題解決の思考法を適用できない人が多いということではないだろうか。

 

ロールモデルがいた方が手っ取り早く成長できるのは経験的にも事実だと思う。しかし、ロールモデルから単純にキャッチアップしていくのと反面教師から試行錯誤して学んでいくのでは、後の安定感が異なる。たとえロールモデルがいたとしても、その人の一部を反面教師として捉えた方が良いくらいだ。

 

もし、自分の上司がロールモデルとは程遠い存在だったとしても、嘆くことは何一つない。