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∑考=人

そして今日も考える。

悩むとは「何に悩んでいるかすらもわからない」状態のこと

ただの仮説

私は普段からよく考え事をする。しかし、具体的に何を考えているのか?と問われると、的確に答えるのは難しい。「考えている」というよりは無意識に頭の中を独り言が流れていく、というようなイメージに近い。意図的に考えるというよりはついつい考えてしまうのだろう。

 

私がよく考えているのは、他人の言動の意味、そして、自分の言動の意味、反省がほとんどだ。これも最近になってちゃんと自覚した。おそらく、人間を分析するのが好きなのだ。

 

例えば、A君がB君について何かしらの否定をしたとしよう。この場合、A君は「B君についての否定」をただ単にネタとして、全体共有したかったのかもしれない。あるいは、B君の能力をA君自身が認めており、それを認めたくないがゆえにB君の評価を落とすことに貢献したかったのかもしれない、など。

 

そして、そういった他人に対する評価を下す自分の感情についても考えたりする。例えば、上記の例で、A君が嫉妬心からB君を否定したのではないか、という仮説を立てたとすれば、そういう仮説に至った私の心情は何なのだろうと。もしかすると、そういう仮説を立てることによって、(嫉妬心を感じていない)自分自身がA君に対して優越感を感じるためではないだろうか、など。

 

そうやって私は人との付き合い方を考えながら生きている。別に人間関係について悩んでいるつもりはないし、人間関係に対して、こうしたいのにできないみたいな感情はない。そもそも答えや結論が出た所で自分にとってはあまり関係のない問題について考えている。

 

一方で、最近は悩んでいる自分の存在も垣間見える。たぶん、ここ1年ぐらいで1番悩んでいるんじゃないかと思う。

 

私が一番悩むのは、「これといった悩みに心当たりがないにも関わらず、でも何故か元気が出ない状態」でいることだ。恋愛をしていて、「これといって悪いところも見当たらないにも関わらず、でも何故か一緒にいても楽しくない状態」に酷似している。私はこの煮え切らない状態が一番嫌いだ。

 

何故かと言うと、問題が上手く定義できないからだ。基本的に悩みの原因がわかっていれば、問題解決能力を発揮して、良い方向へと改善を進めることは可能だ。そのため私は悩みの種が明白なとき、人に相談することは滅多にない。そういうタイプの人間でなかったとしても、「他人に相談する」という対策を立てることはできる。

 

しかし、なぜ悩んでいるのかもわからなければ、悩み相談のしようもない。だから結局、選択肢として浮かぶのは何かを変えるくらいだ。と言っても、何かを変える気力すら湧いてこない時に、はてどうしたものか、となる。

 

実際のところは、悩みの種があり過ぎて立ち往生してしまっているだろう。もしかすると、やらなくてはならないけどやりたくないことの処理に困っているのかもしれないし、今の仕事に憤りを感じているのかもしれない。

 

頭がスッキリしない状態の中、やりたいことに取り組む気力がないこともそうかもしれないし、ダラダラ過ごすだけの休日に飽きてきていることも原因かもしれない。あるいは、寂しさや恋愛願望のような感情が出現したことによるのかもしれないし、ブログを書こうと思っているのに、うまく文章化できないことによるのかもしれない。

 

昔と違って、だから人生はクソだ、みたいに論理が飛躍することはないが、ただやっぱりこの状態のまま生きていくのは時間の浪費に思えてくる。こういう時は、何かに焦点を当てて一つ一つ潰していくしかないのだろうか。