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∑考=人 〜プロメテウス〜

そして今日も考える。

何を考え、何を実行すべきか

私の部署はそれなりに人間関係が希薄であるが、それなりに仲良くもある。必要以上に干渉はしない。たぶん本来の私向きの職場だと思う。少なくとも若手の先輩たちは私の扱いをわかってきたし、私も先輩たちがどんな人間なのかわかってきたつもりだ。最近は居心地が良くもなってきた。

 

ただ、そんな先輩方が仕事を楽しんでいるかというとそんなことはない。つまるところ、業務が面白く無いのだろう。私の目から見ても、仕事を楽しんでいるように見えるのは部長ぐらいである。その部長も、打ち合わせばかりで傍から見れば全く楽しそうには見えない。

 

私の会社には、半年か四半期に一度、部署異動の希望を申請することができる公募制度がある。一般的には転職するよりも部署間異動する方が難しいと言われているらしく、この制度は就活生にもウリになってたりする。特に希望はしなかったものの、私にも既に一度そのチャンスは訪れている。

 

つい先日3年目の先輩から聞いたのであるが、先輩も過去に部署異動を希望したことがあったらしい。もちろん、今こうして私の先輩である時点で先輩の申し出は却下されたことになる。公募制度があるからといって、全ての人の希望は通らない。この世の中、結局何かをしようとすると勝負になる。

 

先輩が異動を希望した理由について、業界がニッチすぎるからだと語っていた。だから違う業界に行きたいと。ただ、こういう理由では受け入れられないのが世の常だ。不安定な企業で働きたくないから公務員を希望しますなんていったところで、公務員にはなれないのと同じである。何か明確な目標を持っている人しか受け入れてもらえない。

 

皮肉なものだ。私たちが生きてきた受験の世界なんて、動機も感情論も何もなかった。点数のみで評価される、シンプルかつ合理的な弱肉強食の世界だったのだ。はっきり言って、熱意とか努力量とか、そんなものはほとんど関係ないし、動機の性質なんて何の考慮もされない。結果が全てだった。そんな世界で勝ち残った人たちが社会に出ていきなり動機や感情論を求められてもそりゃ困る。

 

でも本質的に変わったわけでもない。今までは数値という定量的なものが結果として求められていたのが、動機の性質などといった定性的なものが結果として求められるようになっただけの話なのだ。その違いに対処して、思考ロジックをもちろん切り替えないといけない。

 

今までと同じように生きていたら、2年後先輩のようになってしまうのだろう。日々何を考えて何を実行するべきなのか。そんなことを日々考えている今日この頃。