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∑考=人

そして今日も考える。

悩みが多すぎて何も手につかない× 何も手に着けないから悩む○

日記

悩みというものは無くなりませんね。私はずっと悩みなんて無いと言い張ってますけど、実際のところ悩みだらけですよ。悩みがなかった時期なんて一度もありません。たぶん他の人もそうだと思います。

 

ただ、悩みを必要以上に意識してしまう時期と、あんまり意識しない時期があるのも事実です。例えば、好きな人ができたりすると一日中悩んだりしませんか。しないですか。就職先決まらなかったらどうしようとか、この先の人生どうしたらいいんだろう、とか一日中悩んだりする時はありませんか。ないですか。

 

あると思うんですよね。こういう、割と人生において重要な悩みに縛られると苦しいです。考えても仕方のことないことばかりが堂々巡りを繰り返したり、些細な出来事に一喜一憂してしまう。まぁこれも人生の醍醐味だったりするらしいですけど。

 

で、悩みができたらその真因を突き止めて解決すればいい、と私なんかは考えてまして、ある程度悩みと対峙するスタンスで生きていますが、実際のところ解決策が思い浮かんだところでその通りに行動に移せるかはまた別の話ですし、極論その悩みが解決したところで、別の新しい悩みはどんどんは浮上してくるわけです。

 

女性なんかはもしかすると悩みとの向き合い方が上手いのかもしれませんね。正直なところ、結構最近までは、どうせ悩みの根本が解決するはずもないのに、悩みをやたら相談したがる人を半ば見下していました。

 

しかしよく考えると、今持っている悩みを解決させても、人生から悩みという要素を取り除くことができないことを悟っているのかもしれませんね。だから、割と深刻そうに悩みを語っていても、それでも幸せそうな雰囲気を醸し出せるんでしょう。

 

私は社会人になってから悩む機会、悩みを意識する機会が増えたと思います。なんかブログも暗い感じになってしまっていることが多いなーと思います。まぁこういう日記みたいな記事の方がなぜかアクセス数が高くなったりすることも多くて、面白い発見ではありましたけどね。

 

もちろん、新しい環境に入ったことにより悩みができた、という側面はあると思います。でも結局のところは、学生と社会の壁を感じたから、とか、社会という環境からくるストレス、とかが原因ではないんですよ。単純に暇になったからです。変な話ですけど、社会人になってからの方が暇だと感じる機会が多いんですね。

 

だからこそ、仕事が現実逃避だ、みたいな発言になるんでしょうね。特に、同期の集団で遊んでると暇です。何回も登場する同じような話題やノリに飽きてきて、暇で、退屈なんですよね。申し訳ないけど。

 

私は悩んでいる時にやるべきことは読書と勉強だと思っています。人間は暇だから悩むし、頭が悪いから悩むんです。そして、賢くなるためにできることは読書と勉強です。別に知識を増やすことが目的ではないですよ。インプットを得て考えることが重要だと思うんですね。考えることと悩むことはよく似ているので、悩みを矮小化させやすいです。

 

まぁフロイトの防衛機制で言うところの「昇華」です。ただ難しいのは、悩みが多い時は何も手につかなくなってしまう、ということです。私も悩んでいる時に、読書とか勉強をするのは結構苦痛です。その勉強が将来一体何の役に立つのだろうかなどと考えだしてしまえば尚更です。だから結局何もしないという選択をすることが多いです。

 

だからその前に現実逃避を挟みます。ドラマ、映画、アニメ、漫画、小説とか。悩んでいてもスッと入ってきます。昔は一生ドラマ見てる母親をバカにしてましたが、血は争えないなと感じます。とことん作品鑑賞に時間を費やします。

 

でもやっぱりそのうち飽きてきます。これは私の仮説ですが、本能レベルに近い部分にある欲望って一定期間でリセットされるようになっていると思うんですよ。お腹一杯食べれば食欲はリセットされますし、一日中寝てたら眠れなくなりますし。たぶん、誰かと繋がっていたい、という気持ちにしてもそうです。

 

ただ、飽きるまでひたすらやりましょう。間食が多い人が太るのも、中途半端に食べることにより、食欲がリセットされないため、ずっと食べ続けてしまうからです。食事以外も同じです。飽きるまでひたすらやって、そして、何かに飽きたなって感じたときこそ行動を変えるチャンスです。

 

というわけでおれも勉強しよう。