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∑考=人

そして今日も考える。

残業がなくならないのとイジメが無くならないのは全く同じ理屈

先日、労働組合主催の小旅行に同期と行ってきました。行く前は本当に同期と会うのが憂鬱だったんですが、なんだかんだ久しぶりだったこともあり飲んで騒いで体調を崩してしまった次第です。はい。

 

実質的には飲み会、親睦会といった側面が強かったですが、まぁそれなりに労働というものについて考える機会を与えてもらったので、少し私も考えてみることにします。グループワークのテーマとして扱った良い残業、悪い残業とは何か、についてです。

 

私の会社では、配属されて数ヶ月の間は残業が禁止されていたわけですが、その期間が過ぎてからの残業時間はだいたい月に40時間〜50時間ぐらい、といったところです。これを聞いて多いと感じる人も少ないと感じる人も多いと思います。

 

ちなみに統計的には30時間ぐらいの層がもっとも多いらしいですが、全体平均としてどのくらいなのかはわかりません。SIerの平均値は50時間ぐらいなので、まぁそれなりに妥当なのでしょう。同期の中には先月130時間残業した、という人もいました。

 

個人的には自分の残業時間について特に大きな不満はない、というのが正直な感想です。となると、少なくとも私にとって今の残業は良い残業である、ということが出来そうです。

 

私が今の残業に対して、あまり問題を感じていない理由は主に3つあります。

 

一つは主体的な残業であること。これ、会社的にはあんまり良くないと思うんですけど、うちの部署は全く管理が行き届いていないので、勝手に自分のペースで残業することができます。また、今の業務的には気分の乗らない日は早めに帰る、など多少のメリハリをつけることができるのもプラスです。

 

もう一つは報酬が支払われること。結局お金が払われる、というのはそれだけでそれなりのモチベーションアップ効果があるんでしょうね。働いた分知識が身について、給料も貰えるのであれば、働くに越したことはないでしょう。

 

そして、最後が一番重要です。自分の中で「労働に割いても良い」と考える時間の中に収まっていること。私は基本的にほとんどプライベートとか意識してないんですよね。毎週出かけたいとか人に会いたいとかもないし、これといった趣味もない。

 

だから自分にとって必要な時間を天引きした時間の中に総労働時間が収まっていれば問題ない。むしろその範囲は全て労働時間に企てた方が人生に価値をもたらす、ということにもなるはずです。

 

逆に言えば、仕事以外にやりたいことが多い人からすれば、残業はなるべく少ない方が良いという話になるのでしょう。実はグループワークでの結論は、「残業は全て悪」となりました。これはこれで一つの考え方として面白いですよね。

 

日本のような9時〜5時までは仕事、みたいな働き方を強要するのであれば、確かに全ての残業は悪といっても良いのかもしれません。時間に対して給料を払うというのは、成果は特に問いませんといっているのと同様であり、ならば翌日までの期限を守る必要もないし、守る必要もない、ということになります。それが本来あるべき姿です。

 

しかしながら、私どものような会社はよく残業の言い訳として、「お客さん」を出します。要するにお客さんのためだから仕方がない、と。お客さんが残業するから我々も残業する、という理論です。

 

これは「皆がいじめるから私もいじめる」という理論と実は全く同じです。いじめないといじめられるからです。皆はいじめるけど私はいじめない、という選択ができるのはいじめられる可能性の低い喧嘩の強い少数派のみです。だから綺麗事を抜きにすれば、自分はイジメないという選択をできる人なんてほぼ皆無なのです。

 

残業というのも同じです。お客さんが残業しても私たちは残業しない、なんて事を言っていたら、お客さんはもうお客さんでいてくれなくなってしまう可能性が高いのです。夜の9時にしまるコンビニと24時間開いているコンビニどっちが良いかを考えればわかりますよね。

 

とは言え、私たちは労働者としての側面と消費者としての側面を兼ね備えている人がほとんどですから、折り合いがついてそれなりの残業時間(にしては多いですが)となっているわけです。不本意な残業に対しては個人として立ち向かっていかないと、心も体も壊すことになりません。時には逃げ出すことも大事でしょう。