読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

∑考=人

そして今日も考える。

その先にあるもの

風の噂で同期が会社を辞めるという話を聞いた。実際に私が耳にしたのが1人だ。実際には、あと数人は辞めるという選択をしているに違いないと思う。中には仕事が詰まらないと言って辞めていく人もいるのだろう。

 

仕事が面白くないといって、会社をすぐにやめてしまう人に対して、仕事を楽しめないのは能力が足りないからだとアドバイスをする人がいる。私は基本的にはこの考え方に同意している。少し危険な発言に捉えられるかもしれないが、この世のあらゆることはゲームみたいなものだ。

 

人気のゲームは主に二つにカテゴライズできる。対戦系のゲーム、そしてRPG系のゲームだ。例えば、パワフルプロ野球、ウィニングイレブン、大乱闘スマッシュブラザーズなどは私たちの世代の人間なら誰でもやったことがある。そして多くの人がハマった経験があるはずだ。

 

なぜそんなに楽しめるのかというと、創意工夫の余地が残されているからである。ウィニングイレブンなら、どんなフォーメーションで、とか、どのタイミングでどうパスをして、どんなシュートを放つか、などを細かく自分で考えて決めることができる。

 

一方で、活用するリソースは、せいぜい数種類のボタンである。それらを適切に組み合わせるだけで全体をデザインすることができるから楽しいのである。そして相手に勝利ができれば最高である。対戦系のゲームは自由度が高いほど支持されている傾向にあると思う。

 

しかし、上手くボタンというリソースを活用できない人もいる。またサッカーに関する知識が乏しいと、どういうフォーメーションや攻め方が良いのか、という判断すらつかない。そういう人にとってはゲームと言えど、ウィニングイレブンは楽しいものにはならないのである。

 

まさにこれが能力不足によるつまらなさなのだ。創意工夫はできるが、創意工夫をした結果が良いものなのかどうなのかが判断できない。当然、負けが続けば良いものではない、と判断されることにもなる。適切に創意工夫をするにはある程度の基礎知識が求められるのである。上手く理想が描けなかったり、突き詰めて考えるだけの道具が揃っていなければそれはゲームであっても楽しくはならないのである。

 

もう一つ人気のRPG系のゲームであるが、昔ながらのドラクエに始まり、今流行りのスマホアプリのゲームはほとんどがこのタイプである。これらが楽しい理由は、ひたすら自分が強くなっていく感覚にあると思う。またパズドラなどに見られるように、材料を集めてドラゴンを進化させるなど、最近ではRPG系のゲームでもやはり創意工夫の余地が与えられている。

 

ただこのゲームの徹底的な落とし穴は、直接対戦系のゲームとは違い、己の力だけで勝負が決まってしまう点である。そして、結局はお金を沢山使った人が強くなるようにできている。(もちろん、これがビジネスとして上手い点でもある。)つまり、どんなに頑張っても超えられない壁が存在するのだ。私なんかはすぐに徒労感に追いやられてしまって長続きしない。

 

もちろん、こういったゲームの種類など関係なくゲームなんて詰まらないと考える人もいる。私も息抜き程度にしかやらないようになった。それは「その先にあるもの」を意識してしまうようになったからである。

 

その先にあるものとは、対戦ゲームで勝利した結果どうなるのか、RPGでラスボスを倒した結果どうなるのか、である。私はそこに対して大きな喜びを感じる自信はない。むしろそれを手に入れるために失った時間を嘆いている自分を想像してしまう。

 

しかし、その先にあるものばかりに囚われるのも良くない、と思っている。私たちの人生の先には何もない。今、生きている時間が全てだからだ。これは自分のやりたい仕事ではないと感じることもあるかもしれない。でも、その仕事に適正がないわけではないならば、やってみる価値はあると思う。

 

やってみる価値があるというのは、楽しめる余地がある、ということである。考えるための道具さえ手に入れれば、子供の頃のゲームのように面白くなる可能性はある、ということである。その先にあるものは一旦脇に置いてみてもいいかもしれない。