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∑考=人 〜プロメテウス〜

そして今日も考える。

人生を消費するフェーズ

人生を消費するフェーズに入っている。最近は強くそう思う。

 

厳密には生まれた瞬間から我々は人生を消費している。しかし、子供の頃は消費というよりは投資としての側面が大きかった。なせならば、色んな経験から様々なことを吸収し成長していけるからだ。どんなに無駄なことをしても、それが将来何らかの役に立つという名目があり、それすなわち投資だったのである。

 

一方で、大人になると、投資という側面は非常に小さくなる。将来のために苦しい時間を過ごしていることを投資と呼べば聞こえはいいが、実際にはただただ時間を消費しているだけかもしれない。

 

大人に対して使う「成長」という言葉も最近は違和感を感じるようになった。正しくは今対峙している仕事に順応しているにすぎない。子供の頃なら新しい知識やスキルをどんどん蓄積していくことはできたが、大人は何かを得るとその代償に何らかの知識やスキルを失っていったりする。

 

だから、人は創出することを望むのかもしれない。自分の中に何かを蓄積し続けることはできないけれど、一時的に蓄積したものを使って何かを外部に残すことはできる。例えば、今の私に3年前に自分が書いたことと同じことは書けないけれど、今になっても自分が書いたものとして残っている。

 

実績とか経験もどちらかというと、残せるものではある。ただ、私は過去の実績とか経験とかよりも、今の自分がどうか、というところにどちらかと言えば重きを置いてきた。

 

ただ、今の自分を維持していくのもこれからは大変になっていくのだろう。昔なら当たり前にできていたことができなくなったりすると、人の能力というのは絶えず失われていくものだと痛感する。

 

私は何を残したいのだろうか。