∑考=人 〜プロメテウス〜

そして今日も考える。

つまらない仕事

リーダーという立場で仕事をするようになってから、一気に自分の作業がなくなった。今の自分の仕事って何だろうか。計画立てる。タスクをメンバに割り振る。進捗状況を確認する。報告資料にまとめる。たまに課題を吸い上げる。またスケジュールに落とし込む。あとはひたすらそれのループ。

 

これがもし開発だったら納期の制約があるから難しさがあって面白いのかもしれない。が、維持の場合、しかも比較的安定稼働しているシステムともなると優先度の高い仕事というのがない。しかも、維持はいってみれば定額制で売上が上がるから、ぶっちゃけた話仕事したって仕事しなくたってお金は入ってくる。だから、こっちとしては早くやり遂げてしまいたい仕事だったとしても、「そんなに無理してやることないんじゃない?」みたいな空気感がマネジメント層から出される。

 

非常に退屈だ。いや、単に楽をしたいだけならいいのかもしれないけど、何ていうか仕事の面白さみたいなものはあんまりないし、エンジニアとして成長している実感が全くもって持てないのはいかがなものだろう。もちろん、サラリーマンとしての能力は鍛えられている気はするが。

 

組織としての判断はおそらく、合理的には正しい。例えば、既存のコードをリファクタリングしよう、みたいな話になったとしても、その作業が生み出す価値とその作業が生み出すリスクを天秤にかければ、やらない方が合理的だ。もう不要になったルーティングの定義を消したりする作業も、同じ。やらない方がいいこと、やる必要がないことはやらない。

 

新しい事業をやる、というのもそうだろう。市場規模の大きいマーケットを選ぶ、それが合理的だ。最も効果的なところを攻める。それも合理的だ。私も費用対効果を考えて仕事はしたい。けれど、全てが費用対効果だとしたらそれはきっとつまらないのではないだろうか。

 

面接官になった場合を考えてみてほしい。「あなたはなぜこの会社を選んだのですか?」に対する回答が「もっとも給料が高いからです。」であったとして、その人を採用したいと思うだろうか。きっと思わないはずだ。

 

では、なぜそのように合理的な選択をした人を採用したいとは思わないのか。それはお金だけを目的に仕事をしていても、仕事に対する意欲がなければ成長しないことが予想されるからではないだろうか。

 

これを組織の目線で考えてみてもきっと同じだ。いかに合理的で、いかに割のいいビジネスであったとしても、それが仕事として面白いもの、実際に現場で働く人が面白いと思うような仕事であることも、利益と同じ、もしくはそれ以上に重要なはずだ。

 

だとすれば、多少非効率でも面白そうなら仕事化してみる、とか、すごく売上にはなるけどつまらない案件は取らない、とか、そういうちょっとした遊びがいるんじゃないだろうか。

 

リーダーとして、人にタスクを割り振る時、こんなつまらない仕事ばかりさせてごめんなさい、といつも思う。