∑考=人 〜プロメテウス〜

そして今日も考える。

「自分にとって大切だったもの」の変遷②

前回に引き続き。

 

ほとんどの人は、夢のキャンパスライフ、大学生活を夢見て大学受験を頑張っていたのかもしれないが、私はキャンパスライフに夢を描けないタイプの人間だった。特に大学に入って何かやりたい、というよりもただ漠然と勉強にハマった結果が大学に繋がっただけで。バスケットも高校の部活引退が潮時だと思っていたので、サークルに入る気もさらさらなかった。

 

そんな中、唯一私が大学に入ったらやりたいと思っていたことがあった。アルバイトである。経験としてアルバイトをしてみたい、というのはもちろんとして、大学に入って真っ先に私が手に入れたいと思ったものはそう、「お金」だったのだ。

 

当時の私にとって、お金は「親からの独立」を意味する象徴であったし、同時に「自由」の象徴でもあった。高校までの人生において、経済的に親から自立していないがためにひどく自分の行動が制限されていることが苦痛でならなかったからだ。そんなわけで、とにかく沢山稼げるバイトを、ということで、周囲の反対意見もあったが、パチンコ屋でのアルバイトを始めることにした。

 

 毎月10万以上の収入を得た私は少しの間、羽振りが良くなった。友達との飲み代を全部支払ったり、ちょっと高額な洋服を買うようになったり。原付の免許をとって、原付を買ったりもした。これまでお金がないが故にできなかったことが次々に実現できることに満足していた。

 

逆に大学には行かなくなった。高校の時から、授業とか講義の類は無意味だと考えていたので、たとえ単位のためとはいえ、つまらない授業を聞くために往復3時間もかけられなかった。勉強は参考書を買って家でやっていた。大学に私のほしいものはない、そう思っていた。

 

そうやって社会を断絶しているうちに、ふと自分の居場所がなくなっていることに気づいた。お金はあるけれど、別にお金を使って遊ぶ人もいなくなって、初めて「孤独」を強く感じた。人と繋がっていることの有り難みみたいなものが初めてわかった。

 

やることもないので、バイトを沢山するようになった。少なくとも無意味な時間を過ごすよりは少しでも稼ぐ方が有意義だと思ったからだ。ただ、私が本当にほしかったものは「居場所」だったのだと思う。たくさん働くようになるとバイトのメンバとも仲良くなって、少しずつ人生が良い方向に向かっていった。

 

この頃の私は今をひたすら生きていた。今楽しいことを優先し、将来のことは一切考えていなかった。ほとんど大学に行っていなかったこともあって、留年が決まった。留年したこと自体は別にショックでもなんでもなかったけれど、世の中、今頑張れば何とかなることだけでないことにようやく気づき、先のことを考えるきっかけになったのは事実だ。

 

少し将来を考え始めた頃、仲の良い先輩たちが辞めたり彼女の別れたりで、結局自分の居場所だと思っていたバイトも、永遠に続くわけではないことも悟った。じゃあこの先自分はどこに向かおうとしているのか。そういう目標みたいなものが必要だと思った。少なくとも今のままフラフラ生きていくのは限界だった。

 

とりあえず、私は最低限卒業することと、次どうするかの答えを探した。読書や人の話を聞くのが面白いと思い始めた。そんな中、情報系の資格をとったことをきっかけに、大学院へ行くことにしたのだ。 今よりも少しでも面白いところに行きたい、というのがすべてだった。

 

一人暮らしも始めた。今の人間関係というものをマクロに捉えることができるようになると、これまでの友人と離れることに抵抗は感じなかった。むしろ、家族からも自立している状態は自分に向いていると思った。

 

大学院生活は有意義に送ることができた。ゆるい研究室だったので、大きなテーマ以外は自分で自由に進めることができた。このころは純粋にITの面白さを感じる日々だった。一方で、早く働きたいと思うようにもなっていた。わからないけれど、社会人経験さえ積めば何か大きいことができるようになる、そんな気がしていたのだろう。

 

社会人になってから、私はただ早く仕事を覚えることだけを目標にしていた。今いる場所で成果を出し続ける以外に道はないし、その方が自分が楽になると信じていた。特に人脈とか評価を気にしていた、というよりは自分自身に対する納得感、自己評価のためにやっていた。

 

ただ、そういうのが1年、2年と続いていくと疑問を感じる瞬間が現れるようになる。「この仕事ってできるようになって意味あるんだっけ?」とか「何のためにこの仕事しているんだっけ?」とか。とりあえず成長したい人は会社に沢山いるけど、とりあえず成長した先に、待っているものは何もないことがわかるのだ。強いて言えば、管理職という「承認」と「謝罪」だけが仕事のポストぐらいだろう。

 

お金が欲しい人にしてみれば、それが出世が夢や希望なのかもしれないけれど、私は別にお金はそんなに求めていない。必要だしあればいいけど、別に給料が入ってもボーナスが入っても、残高が増えたな、と思うだけだ。それだけを希望に生きていくのには限界がある。

 

何かを求めてチームを1年スパンぐらいで変えているので、やることは結構変わっている気はするんだけれど、どうもしっくりこない。また新しいことに対する感動の持続力が低下している気もする。あるいはそれが会社に閉じた範囲で大きな変化がないからなのか。

 

そんな調子で今に至るわけで、今自分にとって大切なものというのがわからなくなっている。