∑考=人 〜プロメテウス〜

そして今日も考える。

そのビジネスに夢はあるのか

今、新規ビジネスを起こそうと踏ん張っております。前開発プロジェクトの実績紹介による広報活動および、コンサルティングという形でいくつかの案件は一段落がつき、これから開発に向けての支援の依頼がかかるかどうか、という感じです。私が提案に行った担当も、正式に依頼してくださる方向で進んでおり、何よりです。まだまだ社内向けのビジネス、という感じですが。

 

こういった、新規ビジネスとかコンサルティング、というキーワードを出すと、羨望の眼差しで見られることが結構ありますが、やっていることはそれほど華やかな仕事でもありません。(もちろん、”SE”に比べれば「どや!」と言いやすい肩書きではありますので最大限活用はしてます。)

 

一般的な戦略コンサルタントであれば、業界が沢山あったり、戦略もいろんなパターンがあったり、と幅があって面白いのかもしれませんが、私たちがやっているのは、システム運用に特化したコンサルタントなので、分析する情報も似通っていれば、対策案も基本的には自動化がメインになってしまうので、たぶん一般的なコンサルほど複雑ではありません。

 

また、システム運用の改善が進んでいない大きな原因は、無関心と政治的要因が支配的なので、自動化の技術的難易度はそれほど高くありません。技術的には可能だけれど、やりたくないとかやりにくいとか、そういう人たちの背中を押してあげるための説得材料を用意することが一番の価値であることが最近わかってきました。価値があるので、正直今後ビジネスとして進めていくことはできる、という感触も掴めてきました。実際、社内でのプレゼンスも高まっており、連携の話も出てきたり、と追い風が吹き出しているところです。

 

ただ。

 

周囲の期待や流れとは裏腹に、自分自身の気持ちがそこまで今のプロジェクトにのっかっていないことに気づきました。自由で裁量もあるけれど、下手したら、普通に開発をやっていた頃よりも、あんまりテンションが上がっていない自分がいる。その原因をなんとなーく考えていると少しずつ理由がわかってきました。

 

と、その前に。

 

ビジネスって突き詰めると、「人ができないようなことをやる」のか「人がやりたがらないことをやる」の二つしか形はないと私は思っています。例えば、プロのアーティストやアスリートがお金を稼ぐことができるのは、「誰にもできないようなことをやっている」からで、家事代行がビジネスになるのは、「誰もやりたがらないことをやっている」からです。

 

もちろん、「やりたいことをやって稼ぐ」人もいます。でも、それはやりたいことを「人ができないレベルで」やっているだけです。逆に言えば、人ができないレベルまで昇華させた要素(アイデア、実行スピード、リスク許容度、品質、規模など)が一つもなければ、やりたいことで稼ぐのは不可能です。

 

ちなみに、ほとんどの仕事は「人がやりたがらないこと」で成り立っています。サラリーマンはより顕著かもしれません。人がやりたがらないだけの仕事に対して希望も持てる人が果たしてどれくらいいるんでしょうか。私はあんまり希望を持つことができていません。

 

そうなった時に必要になるのが、「ビジョン」とかとういうものになると思います。まぁ極端に言えば、こういう世界にしたい、とかこういう状態にしたい、とか。ただの作業もビジョンに対する共感があれば、モチベーションを持って取り組めることも知られています。しかし、ビジョンよりも目先の利益追求が必達という空気感のもと仕事をしているため、金儲けにつながりそうならどんな風に形を変えてでも食らいつく。そんな感じです。

 

そんな感じこそが今の私のモチベーションが上がらない理由。「結局、お金になることが正義」っていうビジネス界の風潮が好きになれませんな。