∑考=人

そして今日も考える。

YouTuberという仕事

子供の将来の夢トップ3にYouTuberという職業がランクインしているのはもはや周知の事実。まだまだ真っ当な職業として認められていないような気もするが、事実それで生計を立てている人たちは一定数存在する。

 

こういうことを言うと批判の声が上がるのかもしれないけれど、私はスポーツ選手とYouTuberは本質的に同じだと思う。だから、子供の将来の夢が野球選手やサッカー選手なら良いけど、YouTuberを目指すとはけしからん、みたいな考え方になるのはよく理解できない。むしろYouTuberとかの方が子供の夢らしくていい。(逆に2位が「医者」の方がやばいとさえ感じる。)

 

スポーツ選手とYouTuberの二つの違いが何かというと、要は世の中の大多数が認めているのか認めていないのか、だけなんだよね。YouTubeの動画って大多数の大人にとって面白いコンテンツにはなっていないんじゃないかと。HIKAKINとかはじめしゃちょーとかトッププレイヤーの動画をいくつか見たことはあるけれど、「へーこういうのを面白いと思う人がいるんだー」ぐらいの感じ。正直もう一回みたいとかは思わない。

 

でも、事実として世界中の沢山の人たちは見ていて。つまり、価値を感じているってわけで。ただただ、多くの日本人の思想観には合わないかも、それだけなのだ。YouTuberはふざけて遊んでいるだけ、みたいに捉えられるケースがあるけれど、私からすれば、スポーツ選手だって「遊んでいるだけでしょ?」という感じ。

 

ただ、遊びを本気でやって感動を呼び起こせているから、多くの人が価値を認めている、というだけ。価値をそんなに見出さない人だって一定数いるはず。私はスポーツにあんまり興味はないけど、価値は認めている、というスタンス。YouTuberも全く同じ。

 

そもそも、未だに仕事に高い社会貢献性を求め出す人がいるんだけど、もうそんな時代じゃなくなってきてる。インフラとか生命に関わるような仕事はほんの一握りの人しかやっていない。

 

例えば、食のインフラに降臨しているように見えるセブンイレブンが仮に潰れたって、ファミマに行けばいいわけで。そりゃ完全な娯楽産業に比べれば社会貢献性はあるけれど、そもそも今や食のほとんどは娯楽化している前提で考えれば、別に大した貢献はしてない。私の仕事だって、同じ。

 

つまり、誰かが喜ぶならそれはもはや社会貢献と考えるべき。であれば、YouTuberも社会貢献はしていると言えるだろう。

 

ただ、YouTuberも不自由な仕事ではある。例えば、ブロガーとかも同じ。これは別に生計を立てるほどの収入を稼ぐのが大変とか、ネタを探したり配信するのが大変とか、一般的に語られる苦労の話ではない。

 

ビジネスモデルを決めているのが、プラットフォーム側である、ということだ。

 

YouTuberやブロガーはサラリーマンに比べてすごく自由な印象を受けるが、実のところ、プラットフォームにめちゃくちゃ依存した自由なのである。この辺はサラリーマンと全く同じだ。例えば、YouTube側が1PVあたりの収入を半分にします、といえば、ただ利用しているだけのYouTuberは収入が半分になるし、そこに対して何もできない。

 

じゃあ別のプラットフォームを選ぼう、という選択ができるかというと、それも難しい。そもそもYouTubeというプラットフォームの利点を生かして集めていたPV数なので、別のプラットフォームに移った時に発生するマイナス要素は避けられない。もちろん、HIKAKINぐらい個人として有名になっていれば、もとのファンが追従してくれる可能性は十分にあるが、確実に何かしらの影響は出る。

 

さらに、YouTubeを支えている広告収入モデルのスキームが壊れた時に、どうなるのか、という問題もある。例えば、物販モデルというような価値を作って、それを消費者に届ける対価としてお金を得る携帯のビジネスモデルであれば、プラットフォームなどは別に必要ない。価値を届ける先と、お金を払う人が同じだからだ。

 

しかし、近代型のビジネスモデルは異なっている。要するに、YouTubeの動画の価値を届けている人からお金をもらっているわけではない、ってこと。むしろ広告宣伝を届けるユーザ数が多い=多くの消費行動に繋がるという仮説のもと、物やサービスを売りたい企業がYouTube側にお金を支払い、そしてYouTubeがYouTuberに報酬を支払う、というスキームになっている。

 

つまり、現時点では成り立っているかもしれないが、広告宣伝を届けるユーザ数が多い=多くの消費行動に繋がる、という仮説が成り立たない時がくれば、このビジネスモデルは崩壊することになる。たとえば、YouTubeのコンテンツが低俗化して、子供しかみないようになれば、見ているユーザ数が多くなっても消費行動に繋がらない、などの可能性は考えられる。

 

こうなったとき、今のYouTuberたちはより購買力を持っているユーザをターゲットにしなければならなくなるし、プラットフォームに依存しないのであれば、お金を払ってでもコンテンツを見たいと考えるユーザを身につけて彼らからお金を取るビジネスモデルへと回帰する必要が出てくる。

 

こんな風に考えると、やっぱりYouTuberとかプロガーもそれでお金を稼ぐとなれば、そんなに自由ではないな、と。