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そして今日も考える。

Kindleの共有は犯罪?

電子データが主流になってくると、複製や譲渡が違法に触れることがよくある。例えば、楽曲のデータをCDにコピーして、他人に売ることは現在の法律では違法だ。しかし、私用な目的のために複製するだけであれば、それは問題ない。また、家族間や少数の知人間でのデータ共有であれば、それも問題がない。とは言え、どこまでが少数としてみなせるのか、という曖昧さも残っている。

 

近年では、書籍を電子化する(自炊と言う)行為について、同じような問題点が指摘されているという。私的な目的で書籍をスキャンしてデータ化するのは問題ないが、これを他人に渡したり、売ったりすると、それは犯罪になる。ここまでは、みんな何となくわかっているだろう。

 

ただ、元々電子書籍だったものをKindle内での共有するだけであれば、それは犯罪になるのだろうか?という疑問がある。KindleAmazonのアカウントを1つもっていれば、あらゆるデバイスにKindleアプリをインストールするだけで、すべてのデバイスで同じ仮想本棚を共有することができる。

 

また、Amazonでは複数のアカウントを作ることができるし、逆に、複数の人間でも1つのアカウントを共有することも可能だろう。例えば、会社(法人)として、1つのアカウントを作成して本を購入している会社もあるのだと思う。

 

私の研究室も大体は研究室で本を一冊購入して、それを全員で共有する、という方法をとっている(というかだいたいの研究室がそうなっているはず)。おそらく違法ではないのだろう。本という形のあるものであれば、それは確実に1つしか手に入らないし、共有する上で、様々な制約がつくからだ。

 

しかし、電子書籍の場合はどうだろう。例えば、1つのアカウントで1500円の書籍を購入して、1500人でそのアカウントを共有していれば、皆が自由に、同時にその本を読むことができる。それでいて、一人あたりの出費はたったの1円だ。

 

こうなると犯罪の匂いがプンプンする。というか、想像力を働かせれば違法なのではないか、と考えるのが普通だ。複数グループの人間が1つのアカウントを共有することは、一人の人間が電子書籍を一部購入して全員にコピーして配布するのと本質的に同じだからだ。

 

だが、これが明確に法律として禁止されているのかがわからない。明確で無いと、風俗営業のように、本質的には違法なのに適法ということになってしまう。そして、禁止されていないならば、こういう購入方法をとる方が圧倒的に経済的だし、もしかするとすでにそういう方法をとっている人たちもいるのかもしれない。

 

実際、この手のデータの受け渡しは発見するのが難しい。逆の見方をすれば、ほとんどバレないのだ。だから法律がどうであれ、乱用される危険性はある。そもそもデータをコピー配信されて困るのは、そのデータを作った著作権のある会社ぐらいだから、良心の呵責も感じにくい。そもそも、1つのデータを作る労力が激減しているのにもかかわらず、全員から平等にお金をとっているということの方が搾取的であり悪徳だという考え方だってできる。

 

なので、作る側が自分たちが損にならないような仕組みをちゃんとデザインを組み込む必要があるのだろう。法律は確かに偉大であるが、ネットの同期速度やその膨大な量を想定すれば、ほとんどうまく機能しない。さらに変化が早いこともあり、次から次への法律を破る方法論が確立されていく。法律が定められるまでに何年も待っていては追いつかないのだ。法律に定められていなければ、皆が悪いことだと賛同しても、絶対悪として認定することはできない。脱法ハーブのようにイタチごっこがいつまでも続いていく。

 

ネットサービスを利用する側である私達は、その手の不利益とは無縁だから、あまりネットの怖さを認知することは少ない。しかし、ネットサービスをただ使うことにも実は色んなリスクがある。便利なものは大抵同等クラスの危険性を兼ね備えているものだ。便利なものの良い面ばかりを見ていると、様々な不利益を被ることになる。

 

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