先日、私の目の前で繰り広げられる会話を小耳に挟んだ。
Aさん:
「この資料だとわかりづらいから修正しといて」
Bさん:
「また、修正するんですか?こういう資料の修正にどれだけ時間かかるかわかってます?だいたいあの人達(課長とか)が理解しようとしてないんじゃないですか!」
Aさん:
「でも、今のままだと課長にはわかりにくいよね?修正はしないと。」
Bさん:
「こんなことばっかりやってるから本当に大切な仕事ができなくてバグが出るんですよ!」
まだしばらくやりとりは続いていたが、内容としてはだいたいこんな感じである。ちなみにここで登場するBさん、というのが仕事ができない先輩である。
軽く補足をしておくと、仕事をする上で、お客さん向けとか上司向けの報告資料をその報告内容に合わせて作っているのだが、それを作ったり、わかりやすく整理することに時間を取られ過ぎて、本業であるシステム開発の仕事が疎かになっていることについてBさんは憤慨しているのだ。その結果バグが出て問題になる、と。
Bさんに問題がないわけではない、要領よく全てをこなしている(ように見える)人はいる。なので、この手の議論になってもBさんの主張はまともに受け入れられないことが多い。組織の中で仕事ができない(と思われている)と何をゆっても説得力が半減以下になってしまうのだ。
ただ、私はBさんの意見に共感した。というのも、私は報告資料には大した価値はなく、そこに膨大な時間をかけるのはバカバカしいと考えているからだ。確かに、ビジネスの現場では伝えることは非常に重要視されているし、実際伝えるべきことを誤ると、仕事が間違った方向に進んでしまうことは日常茶飯事だ。
また、たくさんのことを伝えすぎると、結局何が言いたいのかわかってもらえないことが多い。伝える上では要点に絞る必要もある。よって、相手に何かを伝える場合は、伝えるべき情報が正しいこと、その情報の中から重要度の高い情報を選定すること、さらにそれらが伝わりやすい可視化、そして伝わりやすい構成にすることが求められる。
お客さん向け資料ならここまでやるべきだし、ここまでやる必要はある。でも、上司に対してここまでやる必要あるのか?と私は常々思う。私たちと同じ立場で、私たち以上の収入をもらっているのに、一目で理解出来るような資料を私たちに望むのはいかがなものだろう。
理論的には情報さえ揃っていれば加工の問題であるので、部下が整理してまとめた内容を上司が作り上げることだってできるだろう。ん?上司は忙しいからそんな時間はない?じゃあその忙しい時間で一体どんな価値を創出しているのだろうか。それこそ部下が理解出来るように説明してほしいものだ。
例えば、上司の最も重要な役割の一つに、意思決定がある。ただし、意思決定が本当に決めるだけだと思っている人が多すぎる。
例えばこれから進むべき方向としての選択肢が三つある場合を想定しよう。優秀な人なら、選択肢とそれぞれの具体的なメリットやデメリット、それらの論拠がマトリクスに整理された状況で上司に見せて相談、という形になるのではなかろうか。部下としてはいい仕事のやり方なのかもしれない。
ただし、ここまで整理された上で意思決定をするのは、本当の意思決定ではない。そんなことは私でもできる。ただ承認しているだけだ。せめて、部下が出し切れていない観点をアドバイスする、とか別の方法を提案するなどがないなら、上司が存在する意味はない。
上司に求められているのは経験から来る大局観だと私は思う。大局観とは、将棋などでよく使われる言葉で、全体の状態から自分の形成が良いのか悪いのかを判断できる能力のことを言う。将棋が強い人はたいてい大局観を持っていると言われる。
大局観の特徴は、具体的な個別の論拠に基づいていないことだ。例えば、王の駒がこの位置にいるから今は優勢、とか成金が少ないから今劣勢、みたいな局所的な考え方ではなく、ただ盤面全体とかこれまでの流れから見て優勢、といったようにマクロ的考え方で判断する。
上司の意思決定もこうであるべきじゃないだろうか。なんでもかんでも部下に個別の状況を整理させて、それらの内容を積み上げさせて、その結果を統合して判断という仕方しかできないから意思決定が非常に遅くなる。将棋の世界でこんな意思決定の方法論ばかり使っていたらあっという間に持ち時間が無くなってしまう。
上司の大局観不足は、残業時間とも密接な関係がある。一度上司に何かを理解してもらうための稼働を計算してみる価値はあると思う。恐ろしく時間を取られているはずだ。一人当たりの時間はそこまでではないかもしれないが、階層構造の深い組織体制であれば、各人が抱える時間は膨大になる。
先に述べたように、上司の大局観が欠けているから個別の事象からデータを取り、積み上げ、そぎ落とし、それらの根拠を分析し、伝える必要が出てくる。メモで内容を伝えるだけで現状をわかってくれる上司とか、普段の働き方を観察する中で問題を検出出来る上司であれば、残業時間は圧倒的に少なくなるのだ。
大局観を持つために必要なことの一つは高いセンサーを持っていることだ。例えば、進捗報告資料上は問題無しとなっているが、全員が定常的に残業をしている、とかがわかりやすい例だ。こういった予兆に気づけないようであれば、マネージャーとしての意味はない。部下が問題だと認識していない部分を検知できなければ、部下と同じレベルの判断しかできないし、それでは上司としての存在価値はない。