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∑考=人

そして今日も考える。

人生がつまらなくなった原因を本気で考える

ただの仮説

先週末は年休を使ってディズニーシーに行ってきた。次の日は仮装をして、ギロッポンのハロウィンの街へを歩きまわる。たらふく酒を飲んで、そのまま眠りにつく。なんて楽しい週末だろう。他の同期に話せばきっと、大半に羨ましがられるのだろう。あるいは、大阪の友人に話せば、東京は楽しそうだと羨望されるはずだ。

 

しかし、大切なのは一般的に見て楽しいかどうかではない。私自身が楽しいと感じるかどうかなのだ。実はディズニーシーも仮装パーティも初めての経験だったので、それ自体は良かったと思うが、案の定私に大きな幸福感をもたらすこともなかった。

 

そして完全に気づいた。今、私の人生はつまらないものになっているということに。

 

本当は、少し前から頭のどこかでは感づいていた。最近の私はなんとなーく楽しそうなことをやることで対策を講じようとしていた。たぶん過去にも同じようなことをした気がする。そんなわけで、本当はなんとなーく楽しそうなことをしたところで本質的に人生が楽しくならないことなど知っていた。

 

区切りをつけるために現実逃避をするのだ。結局のところ、現実から逃げてみなければ、現実の輪郭ははっきりとは見えてこない。でも、現実逃避にはどこかで区切りをつけなければならない。そのタイミングは今しかないと直感した。

 

昔とは違うやり方で今のつまらない人生に打開策を見出そうと思う。そういうわけで、人生がつまらない理由を考えてみる。それが学生と社会人の差だと考える愚か者がいるが、それは原因であっても真因ではない。

 

まず、自分の人生を構成する要素に細分化してみた。人生と一言にいっても、要するに時間の集合体だ。そして、どんな行動に時間を割いているのか(人生の構成要素とでも呼ぼう)を考えてみれば、MECEであるから少しは具体的な原因に近づくことができる。

 

私の今の人生の構成要素は、仕事、ジム、料理、家事、ブログ、読書、漫才鑑賞、アニメ鑑賞、ドラマ鑑賞、アプリ開発、同期との遊び、で完結だ。これ以上には何もない。つまりこの中の何かの何か(一つあるいは複数)に問題があることは間違いがない。一つ一つ考えてみる。

鑑賞系

元々アニメやドラマを見るのは結構好きで、最近は漫才にハマっている。これらの鑑賞系はずっと飽きたりハマったりを繰り返してきた。受動的で楽だから気軽に手を出しやすいのだ。もちろん、その時の気分は割と良いのだが、特に目的はないし、ただの現実逃避である。なので、退屈を感じることも多い

ジム

最近はもうほとんど行けていないのだが、初めは新鮮さがあったが、これといった喜びを感じることはなくなった。体を鍛える、適度な運動が目的ではあるが、そもそも論として、今の私は強靭で健康な体など求めていないのだから当然だろう。

料理

料理はどちらかというと好きな部類には入ると思う。料理系男子への憧れは依然としてあるし、経済的だからだ。自分で作った方が飯も上手い。とは言え、これも時間との兼ね合いである。時間のない状況で料理をしようとは思えない

家事

やり出すと止まらないが、基本的に家事は嫌いである。できるならいつかメイドさんを雇いたいと思っているぐらいだ。とは言え、コレに関しては1人暮らしに付随する人生の義務なので、やらないという選択は基本的にありえないので、如何に最小限の時間で完了させるかを考える他はない

読書

読む気力がない。最近は月に2、3冊と、読書ペースが著しく落ちている。読んだ内容の吸収も悪い。たぶん別のことで頭がいっぱいになっているからだと思う。もしくは、今の自分に合った本をセレクトできていないのかもしれない

ブログ

書く気力がない。ブログも読書同様ペースが落ちている。頭の中が整理されていないから、頭の中を整理するための1人の時間を確保できていないからである。おそらく読書量とも連動している。

アプリ開発

乗っている時は楽しいが、集中的に取り組むことができないと、進捗や最初の定義を思い出すまでに時間がかかってしまい、効率的に進められず、モチベーションが低下している。最近はまとまった時間の確保ができず、ほとんど着手できていない

同期との遊び

疲れる。少なくとも費やす時間に見合った価値を得られている実感はない。「同期は大切だ」という年長者の言葉にとりあえず騙されてはみたが、やっぱり私にとっては大切に思える同期なんて1%もいない。このままただ遊ぶ回数を増やしても自分にとっての相手の重みが変わるとも思えない。でもせっかく構築した人間関係を簡単に捨てるのも好きじゃないので、なぜ楽しくないのかをもう少し掘り下げて考えてみる。

①無理をして遊んでいる

仲の良い友人に誘われて、集団の遊びに適度に参加しているつもりだったが、私にとってはキャパオーバーで適切な頻度ではない

②真面目に話ができない

わざわざ面白い話をしないといけないのが面倒臭し、聞かれてもいないのに自分にとってどうでもいい自分のことを一々話すほどつまらないことはない。

③会話の内容がつまらない

人の話を聞くのは割と好きだが、如何せんしょーもない話題が多い。盛り上がるだけの飲み会の頻度が多いし、全然知らない同期の誰々が何々をして面白かったなんていう話をずっとされていては本当につまらない。そんな話にずっと笑っていられる同期と同じ場にいることがしんどいし、それに合わせて一々愛想笑いをするのも疲れる。そういうのはたまにでいい。

④友達を作ろうとしている

私に友達作りは向いていない。友達とは一緒に何かに取り組んでいると勝手にできるものだ。結局、自分に合わないことをいつまでも継続しようとしていたのが一番の原因だ

 

まとめ

上記をまとめて、その原因を抽象化して再定義すると、実にシンプルだ。差し詰め、

①自分に合わないことをしている時間が多いために

②自分がやりたいことに割く時間が減ってしまっている

ことが原因である。

対策もシンプルだ。

①自分に合わないことを辞めて

②自分がやりたいことをする時間を確保する

それで終わり。

 

とても頭の中がスッキリした。もちろん仕事に関してはもっと様々な要因があると考えられるので、次回述べることとする。何はともあれ、仕事以外の要素だけでもこれほどの問題があったことに驚きだ。社会人になって何かつまらないと感じるようなら、是非とも一度このくらい真剣に要素分解して考えてみるといいだろう。