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∑考=人

そして今日も考える。

チームの中で主体的に動く人と、受動的に動いているだけの人の違い

主体的に行動する人が求められるようになって久しい。企業は今でも主体的に動ける人を求めている。その理由はそもそも今日本にあるほとんどの企業で主体的に動ける人が少ないからだ。人は足りないものを求める。

 

主体的に動ける人、というと一人で何でもやってしまう人をイメージする人もいるかもしれないが、それではただ勝手に行動するだけの人間になってしまう。チームの中で主体的に動くとはそういうことではない。時には人に頼り、人に任せることができなければならないのだ。

 

ただ、他の人に頼ったり任せたりする人の一体どこに主体性があるのか、と感じる人もいるのではないだろうか。結局自分では何もしない上司なんてどこにでもいそうなものだ。

 

あるいは、入って間もない新入社員だって先輩や上司に頼りつつ自分の仕事をしているのだから、主体性があるのでは、と感じる人もいるだろう。確かに、新入社員でも主体的に仕事を進められる人もいるかもしれない。

 

こんな風に主体的を求められる社会のわりには、主体的であることが一体どういうことなのか、についてちゃんと教えてくれる人はいない。でも、この正解は実は辞書に載っている。

 

主体性とは「自分の意志・判断に基づいて行動するさま」のことである。

 

組織の中で主体的であるためには、大前提として組織のゴールを理解している必要がある。ただ組織のゴールというのは得てして抽象的であり、新入社員であっても即座に理解できる。問題なのはその先の、組織のゴールから具体化されて出来上がった、中小規模かつ複数の目的を理解しているかどうかである。あるいはもっと小さな個人レベルの業務の目的、そしてそれらの階層構造を理解しているかどうかが鍵だ。

 

新入社員のうちに、今の自分の作業が組織としてのゴールのためにどう役立つのかを理解することはほぼ不可能である。たとえ理解できたとしても、その仕事が本当にやる価値があるのかどうかを判断することはできない

 

あるいは「具体的な仕事」という形で作業を与えてもらえなければ自分が何をすれば良いのかも判断できない。単純に経験がないからだ。よって新入社員が主体的に行動できる、ということはない。自主的に行動はできても、ただ受動的に動くしかないのだ。

 

逆に、中堅クラスの社員にもなるとやはり主体性には磨きがかかってくる。この主体性を支えているのは、目的や課題に対する自分なりの答えを持っていること、そして自分で答えを考え出すための知識と経験である。

 

抽象的な目的が与えられた時に、その目的を達成するために必要となる複数のタスクを理解していれば、主体的に物事を進めていくことができる。目的を理解した上で、それを達成するためのタスクを誰かにやってもらったり、達成するために必要な情報を教えてもらったから主体的でないというわけではないのだ。

 

一方で、他人から提供された成果物や情報の妥当性を自分で判断しない人は主体的とは言えない。部下に仕事を丸投げして品質のチェックもしないような上司は全く主体的ではない、ただの受動的なアドバイザーでしかない。

 

このように、チームの中での主体性とは、一人でやるか他人に頼るかの違いではなく、目的の階層構造を理解しているかどうかで決まる。

 

実は他にも目の前の人が主体的か受動的かを判断する簡単な方法がある。それは、その人がオープンクエスチョンを使うかクローズドクエスチョンを使うか、である。言わずもがなオープンクエスチョンなら主体性は低く、クローズドクエスチョンなら主体性が高い人だ。

 

例えば、新入社員の質問の9割は「どうやったらいいですか?」と「何をやったらいいですか?」である。まさに主体性の欠片も感じられない。一方で、主体的な人は「仕様の質問なんだけど、状態Aの時にB電文がとんできたらどうなるんだっけ?」みたいな具体的な質問をされる。その答えさえ教えてくれれば後は自分で進められることをわかっているからだ。

 

面白いことに、質問をされた時の対応も主体的な人と受動的な人ではわかれる。例えば、こちらが具体的な質問の答えだけを聞いているにも関わらず、「その質問の意図は何なの?」と聞いてきてその人なりの答えを出そうとするのが主体的な人の特徴だ。(こっちが主体的に進めたい時にこれをやられるとかなり面倒だが。。。)逆に質問の答えしか回答しない人は受動的な人である。

 

あなたは果たしてどちらのタイプだろうか。