∑考=人 〜プロメテウス〜

そして今日も考える。

価値の強要はほどほどに

半年ぐらい前に配属面談がありました。どうせ希望通りの部署に配属されるはずもなく、そもそもはっきりとした希望もなかったんですが、できれば金融系の部署は避けたい、そう考えていました。ちなみに金融系は稼ぎが良いこともあり、ホワイト色の強い部署なので、学生には結構人気だったりします。

 

私が金融系を嫌う理由は、プロジェクト期間がやたらと長いこと(5年~10年)、ほとんどが保守運用の仕事で、退屈なイメージがあるからです。たとえブラック色が強くても(残業代が出ないらしい汗)法人系に配属されたい、という旨を面談担当の人に伝えました。

 

しかし、あろうことか彼は金融系を勧めてきました。「金融系がお金を稼ぐから法人系が新規プロジェクトを勧めることができる」とか「保守運用はとても大切なこと」と熱心に主張してくれました。とりあえず感心したフリだけしときました。もしかすると、自分の意に添わないことを言われた時の反応を見ていたのかもしれません。

 

で、まぁ正直言うと余計に萎えました。そもそも「これは大切だから」という説得法が嫌いなんですよ。それが大切かどうかはあなたが決めることではないし、社会的に大切なこと=私にとっても大切なことではないんですよ、って思ってしまう。私はそこまで人間出来ていません。

 

一方で、この考え方って日本人らしいな、とも思いました。ずっと思ってたんですけど、日本人ってやたらと価値を共有したがる人種じゃないですか。駅前に新しくできたレストランが美味しかったら「絶対に行った方がいいよ」と勧め、海外旅行に行って楽しかったら、「絶対に行った方がいいよ」と勧める。もちろんそこには微塵の悪意もありません。ただ、自分が良いと思うものを伝えてい、そして、その良さを知ってもらいたい、という気持ちだけです。

 

でも、共有のつもりが強要になっていることって結構あるんですよ。例えば、私に対してタバコをやめた方がいいよ、と善意で言ってくれる人は微小ながらいます。でも、それがあまりにしつこいと、私は強要されている気分になります。その人との関係にもよりますが、強く言われれば悪い気分になる可能性は否定できません。

 

タバコを例にしてしまうと、吸っている方が悪い、というイメージを拭いきれないので、違う例を考えましょう。例えば、私は読書をみんなに勧めたいと考えています。でも、地元の友人に毎日読書を勧めようものなら必ず煙たがられます。相手にとって読書が必ず楽しいものであるとは限らないからです。

 

気をつけなければならないのは、相手に価値を共有したがる日本人の心は、相手のために情報提供をする、という側面よりも、単に自分が良いと思った気持ちを誰かに分かってほしい、という側面の方が強いということです。それが良いとか悪いとかではなく。

 

似たような話として、「給料は安いけどやりがいはあります」みたいなことをアピールする会社って多いんだけど、あれも一種の強要になっちゃってます。つまり、「給料という形で価値は支払えないから、やりがいに価値を見出してください」、ってことなんですよ。

 

金欠大学院生は日雇い派遣肉体労働をやればいいと思うよ | 機械工学系大学院生K*の日記を読んで、妙に納得した自分がいました。日雇い派遣肉体労働を、「アルバイトにやりがいという一銭にもならない価値を提供しない」点で評価しているわけです。

 

本当にその通りで、仕事にやりがいを感じられる人もいれば感じない人もいるし、そもそも仕事にやりがいを求めない人もいる。その個人差を踏まえれば、「これは価値のあるものです」みたいな主観的でしかない気持ちを相手に過度に求めてはいけません。

 

そして、この手の強要は決していい方向には向きません。子供にいくら勉強の大切さを説いて、勉強させようとしても徒労に終わるのと同じです。勉強は大切で価値あることなのになんでお母さんは勉強していないの?と素直な子供ならすぐに疑問に思います。価値を本気で伝えたいなら行動で示すしかありません。