読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

∑考=人 〜プロメテウス〜

そして今日も考える。

打ち合わせ地獄の職場で考えた打ち合わせ二つの意味

いつになれば、この忙しさから開放されるのだろう。最近はそんなことしか考えていない。価値のあることに時間を費やしている実感があればまだマシなのかもしれないが、なんか今私たちがやっているのは、ただの情報の受け渡し(いわゆる丸投げ)であって、その中で付加価値を発揮できているとは到底思えない。新人が入ってこないから雑務も相変わらず多い。

 

にしても、なぜこれほどまでに忙しいのかと考えた時に、思い浮かぶのは異常なほどの打ち合わせの数である。毎日朝会(しかも、チームの範囲に応じて2つ)があり、週次で進捗報告会がある。

 

また、現工程のタスク・成果物を決めるための打ち合わせがあったり、さらにはそのタスクの分担を決める打ち合わせがあったりする。他にも、問題が発生した場合のアクションを検討する打ち合わせや、対策のわからない方法を考える打ち合わせが必要になる。

 

それに加え、今の上流工程においては、ステークホルダーとの打ち合わせが毎週あって(ステークホルダーの数が多い打ち合わせだと3〜5時間ぐらい)、それに向けた資料を内部で確認するため、また打ち合わせ(レビュー)が増える。

 

一方で、協働者が作成した成果物をこちらがレビューする場合もあったりで、定時まではほとんどが打ち合わせで終わるような毎日を送っている。だが、残念なことに、WBS(スケジュール)上では、一々打ち合わせは管理していないので、そういう中でも一人日分の実作業が割り振られている、というのが現状だ。

 

つまり、打ち合わせを必要(かつ時間を要するもの)と考えてスケジュール内に組み込むか、打ち合わせを最大限排除していくか、どちらかの方向性で考える必要がある。他の会社(部署)はどんな感じなんだろうか。と疑問に思う。

 

社会人になってから、打ち合わせには大きく二つの意味があると考えるようになった。一つは怠惰の防止、二つ目は責任の共有である。もちろん、敢えて悪意を込めてこのように表現した。

 

怠惰の防止、という意味で言えば、朝会、進捗報告会などが該当する。例えば、Aという仕事を来週までにやらなければならないとして、放っておいてもAさんが来週に完了させているのであれば、進捗報告会など不要なのである。

 

放置していると、Aさんが完了させていなかった、という状況を防ぐために、進捗報告をさせているのである。皆が皆を監視することで、各自が課題を認識し、確実に問題を完了させるように取り組ませるベクトルが働くのだ。逆に言えば、会社の人間のほとんどが自力では約束を果たせないし、そのぐらいのモチベーションしか感じていないということの説明にもなる。

 

そういう前提で考えれば、この手の打ち合わせには意味があると言えると思う。(ただ、私の職場では、期限を守らなくても誰も怒られたりしない、大きな問題として捉えないぬるい空気が流れているため、ほとんど意味をなさないものになっている。)

 

二つ目は、責任の共有。すなわち責任のなすりつけ合いである。例えば、レビューや新しいことをやる前のブレストみたいな打ち合わせがそれに該当する。

 

本来、レビュー(成果物を立場の偉い人とかが内容をチェックすること)は、成果物をより良いものにするために行う行為であるが、作成者と確認者が内容を共有したことによって、内容に非があった場合に、そのどちらの責任にもなる、というわけである。レビュアーが複数者であった場合は、さらにその責任は薄まるし、当然確認に対する責任感も損なわれる。

 

ブレストなんかも、皆でより良い案を考えることが本来の目的であるが、もしそこでの決定事項に問題があった場合は、その場にいた全員に責任がある、ということになる。まさに責任逃れのプロ集団であるサラリーマンにとっては、必要不可欠な行為なのである。

 

打ち合わせの数を減らしたり、時間を短くしたりするには、まず個人としての裁量を増やすことに尽きるのかなぁと思う。