読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

∑考=人

そして今日も考える。

備忘録的プレゼンの極意

プレゼンの極意。それは相手の完全な理解を諦めることだ。つまりは自分の伝えたいこと全てのうちで、何を伝えるのか選択することである。

 

プレゼンの資料を作る際には、一つのスライドには一つのメッセージしか入れないようにする、という鉄則があるが、これも本質的には「何を伝えるのか選択すること」と同義である。ただし、一つのスライドに一つのメッセージであれば何でもOK、ではない

 

よく、パワポ資料のRvなどの際に、「このスライドでは言いたい事が何なのかわからないから、二つに分けたほうが良いんじゃない?」的な指摘が上がる時がある。おそらく、ワンスライドワンメッセージの鉄則を皆叩き込まれているからだと察するが、これさえ守ればよりベターな資料になるだけであって、万事OKとはいかないのだ。

 

まず、この手の指摘に従って、一つ一つの資料をシンプルに分割していくと、資料のページ数が膨大になっていく。資料数が多いことを問題視しない人は多いが、そもそも発表の時間に応じたスライドの枚数は概ね決まっていると私は思う。(個人的には分の1.5倍〜2倍ページ分ぐらいが適切、10分なら最大でも20枚には収めるべきだと考えている。)ただでさえ情報量の多いスライドを早口で説明されても人間の脳は処理できない。

 

そして、資料が膨大になってしまう人の特徴は、結局何が言いたいのかを十分に削ぎ落としきれていない。これが全てを伝えようとしてしまっているということである。

 

例えば、自分が携わったシステム開発の成功プロジェクトについて発表するとしよう。プロジェクト自体について詳細に紹介したい人もいるだろうし、プロジェクトを成功に導いたチームの能力をアピールしたい人もいるはずだ。あるいは、開発したシステムそのものの凄さを訴求したい人だっている。

 

でも、これら全部を話そうとすれば、浅い部分を掻い摘んで説明することになるか、膨大な資料を早口で説明することになるかのどちらかのパターンになる。いずれにせよ、プレゼン全体としてよく分からない印象になるだろう。よって、プレゼン資料全体としての伝えたいメッセージがシンプルでなければならない

 

じゃあ、初めから伝えたいテーマを小さく絞り込んで資料を作りこめば良いのでは?と思う人もいるかもしれない。10分のプレゼンなら初めから小範囲のテーマで15枚のスライドを作れば良いのでは、と。

 

確かにプレゼンがプレゼンだけで終わるのならばそれでもいいのかもしれない。ただ、プレゼンには質疑応答がつきものだ。聴衆からの質問は未知の世界、なのでやはり初めはあえて範囲を狭く絞らず発表内容を検討しておくべきだと思う。できることなら一度資料として作っておくことが望ましい。

 

発表に関係のない部分でも一度資料化・可視化しておくと、頭の中は結構整理されるもので、ゼロの状態で答えるよりもはるかに説明がしやすい。また、参考資料という形で残しておくこともできる。

 

また、複数の発表案から一つをテーマとして決めるためには、そこに合理的あるいは感情的な理由が必ず存在する。だからこそ自分に納得感のある発表になり、結果として質の良いものができる。これが「何を伝えたいのかを”選択する”」ことのもう一つの意味である。

 

プレゼンの極意なんて大それたタイトルをつけたけれど、この文章は果たしてわかりやすく書けているんだろうか。。。