∑考=人

そして今日も考える。

退職

昨日、無事現職の最終勤務日を迎えました。

 

私が退職することを上司に告げてから2週間ぐらいは後任のリーダーがいない、外部から引っ張ってこれない、なら事業として撤退するか、いや撤退するにしてもそんなすぐは無理でしょ、みたいにダラダラと偉い人が話しあっても体制が決まらない状況が続いており、この会社大丈夫なのか?と思いましたけど、まぁ何とかなりました。

 

まぁ別に一人の人間が抜けたぐらいで組織が壊れるはずもないとは思っていましたが、あまりに上の人達の案が出なかったり決断が遅いので、少しヒヤヒヤはしました。最終的には私が悪い、みたいに言われたくなかったので体制案を提言してしまい、チキンレースに負けた感じなのが少し癪ですが、まぁ円満退社できたので良しとしましょう。

 

気づけばもう丸8年間も働いており、これまでの人生で最も所属期間の長い場所になっていたことを改めて痛感します。最後の挨拶メールを送る人を考えている時に走馬灯のように色んなプロジェクトの記憶が蘇ってきました。

 

今になって振り返ってみると、膨大な雑務や育成系イベントの多かった1年目やリリース直前の炎上プロジェクトを除けば、何かしら仕事の中に楽しい要素はあったかなぁと感じられます。不思議なもんで記憶が美化されるってやつです。

 

ただ実際には、人間関係が良くて働きやすい環境だと業務内容がつまらない、仕事がクリエイティブだと評価されないし進みも悪い、新しい技術を使った開発だと管理面でしか携われない。と、あちらが立てばこちらが立たずの状況だったんで、渦中にいた私はずっと不満だったんですね。過去のブログを読み返してみてもそう思います。

 

そんな中でもより良い環境を探して彷徨い続けて数年、所詮100%満足のいく仕事なんてものはないことを今は悟りました。でもそれと同時に、自分で決断、行動した方がやっぱり面白い方向には行けるな、ということも感覚的にわかったし。

 

決断をすると、必ず選ばなかった選択肢が残るし、本当はその道もよかったんじゃないか?という思考が頭をよぎる瞬間は確かにあるんですけど、やっぱり過去のターニングポイント(大学院進学?パートナー選択?就職先?とか)を思い返しても総合的にはこっちで良かったと思えてるのは、決断そのものが思考に影響を与えるからなんでしょうね。

 

そういう意味で「ずっと今の会社にいる人生」もあったのかもしれないし、その方がもっと将来的な生活も踏まえると安定して働けてその方が幸せという可能性はあるけれど、まぁ少なくとも今は全く後悔はしていないし、今後もたぶん後悔はしないんじゃないかなぁと思う。そもそも発生しなかった未来とは比較できないし。

 

何より全てから解放される1ヶ月間の休暇を手に入れられたことだけでも素晴らしい価値がある、と今は思う。